「今を生きる」第13回   大分合同新聞 平成16年11月1日(月)朝刊 文化欄掲載


 現代人は未来に明るい希望を持てることや、今の課題の克服後には明るい見通しが立つという思いが、生きる意欲につながると考えています。そんな中にあって原因や治療法の確立していないがん(最近は治癒可能ながんも多くなってきていますが)という病名を告げるのは、死の宣告の様なイメージが付きまといます。
 病名の説明は臨床の現場では医師の裁量に任されていますが、がんの病名を告げる場合には医師も種々の苦労があり、ストレスを感じています。医師自身も未来に明るさを見出すことで生きる力(意欲)を感じる一般の人と同じだからです。
 難治の病気やがんの診断を受けたり、心身の障害を持つことになったり、希望が持てなくなったりすると、生き甲斐がない、生きていても迷惑ばかりかける、死んだ方がましだという、気持ちが分かるからです。
このような状況の中で、よくない事態や、見通しが立たない現実を相手に知らせるかどうか、知らせるときはどのように伝えるかという事は大きな課題です。
 知らされない権利もあると一部では言われていますが、個人に関する情報はその本人に属しているという社会通念の国では、「自分の命なのに真実を告げられない、というのはアメリカでは信じがたいことだ。」とか、「本当の事を言わずに、寄り添っていくことが出来るのですか?」という声があります。
 そして日本の現状を「日本人の、自分の生命にさえ責任を持つことのできないという甘えと、精神的な打撃を受けた時にそのケアを満足にできるだけの場所が病院にも、お寺にも、また家庭の中にもないという事実があるからかもしれない。」と感想を言われています。
 医療関係者が自分自身の生死の問題(四苦)の解決を見いだせないまま、患者さんのこの課題の前に、事実を単に知らせる事で済ますのか、逃げ腰になるのか、課題を共有して寄り添って苦闘して行くのか、どう対応すべきなのでしょうか。
 いくら医療が進歩しでも、すべての人間が生きていくことにおいては絶対に避けられない老・病・死の課題の現実をどう受けとって生きるか、いま私たちはその課題の渦中にあるのです。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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