「今を生きる」第25回   大分合同新聞 平成17年5月2日(月)朝刊 文化欄掲載

 もったいない(1)
「もったいない」という言葉が環境問題で見直されています。ノーベル平和賞を受賞した某国の副大臣が国連をはじめ世界中にこの言葉を広めたいと演説したとの記事が最近新聞に出ていました。「もったいない」という言葉に相当する単語が英語やドイツ語にはないそうです。
われわれが今を豊かに生きるためには、内面の心の豊かさが大切であることは論をなちません。心の豊かさに関係するのが「もったいない」とか「おかげさま」ということで表現される見えない領域への感性であると思われます。
ある哲学者は現代人の病根は、「世界を客観的にのみ取り扱い、隠された質を無視する」ことに原因すると指摘しています。「もったいない」とか「おかげさま」ということで表現されるモノを「無い」と無視してきた合理的な考え方が「知足(足るを知る)」という世界を失わせてきたのではないでしょうか。
物質的、経済的には世界全体で見れば恵まれている、豊かな国なのに、国民の一人一人の内面は「何か足りない」という思いが占拠しているように思われます。
 地域医療に貢献された医師の回顧談に「物質的な豊かさは実現できたが、なんとなく空しく充実感がない、物質的な欲望は満たされているのに、われわれは生きているという実感と喜びがないのである、これはどうしたことだろうか」という文章がありました。
 仏教ではいつも足りない、足りないといっている存在を「餓鬼(がき)」といいます。われわれは人間であるはずなのに、人間になれなくて「餓鬼」にとどまっている私を、仏は痛まれ、大悲されているのです。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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