「今を生きる」第26回   大分合同新聞 平成17年5月16日(月)朝刊 文化欄掲載

 もったいない(2)
 「もったいない」にはいろいろな意味が込められています。子ども会の集いの食事のとき、世話人が「今日のお米は有機農法の農家から特別に皆さんのために送ってもらいました。そしてお母さん方に心を込めて料理してもらいました。」と紹介したとき、食前・食後に「いただきます」「ごちそうさま」という言葉が自然と出てきたことがありました。
 物に宿されている意味、物語を知らされる時、物質的な物以上のものを感じ取ることができます。仕送りを受けた学生がお金の金額だけに関心を持つのか、お金の背後にある両親や家族のご苦労、願いを感じ取ることるのかどうかで精神生活の充実度の違いを思い知ることができるのです。
 最近の食料の質的、量的な豊かさの中で生活習慣病が増えてきています。その中で肥満や高脂血症が話題になったとき、ある保健関係者が「もったいない」という考えをやめてもらったらどうでしょうと発言されたことがありました。
一理ありますが、使い捨ての消費文化や健康で長生きということが目的みたいに大事にされるとき、物の背後に宿されている意味を表現した、もったいないとか、おかげさまという日本ならではの文化の言葉が失われていくのです。
人間の思いが実現するかのような現代社会にあって、人間が大切にされるようになるかと思っていた。それが能率・効率が追求されて、人間が部品化、道具化されていき、いのちが失われて行くのです。人間の命が形あるものや、形のないいろいろないのちによって支えられている、生かされていることに目が覚めるとき、生きることの大切さ、責任が自覚されるのです。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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