「今を生きる」第43回   大分合同新聞 平成18年2月6日(月)朝刊 文化欄掲載

都市社会(5)
 現在、胃がんの治療の主流は手術です。一部の早期の癌では、内視鏡で治療ができることもあります。手術の結果、治癒するのは早期の癌だと95%、進行癌だと60%といわれています。
  手術することができた進行したがん十人のうち、5年の間に再発せず、その結果完全にがんの影響がなくなり治癒する人は6人、4人は再発等で亡くなるということです。6人の治癒する方に入るか、4人の再発する方に入るかは運としか言いようがないわけです。
  手術や薬の治療成績にはいろいろな要素が影響を与えるので統計的に判断され、評価されます。
  ある種の生活習慣病を持っている人が、5年間何も治療しないと、千人のうち三十五人は、それが原因の一つと思われる心臓病を発症するという統計があります。そこで発症予防の可能性のある薬を服用してもらうと病気の発症が千人のうち二十八人に減少するという統計的な事実が出てきました。
  この薬は統計学的には(治療試験に加わった人数がある一定数以上になると)発症予防に効果があると判断されます。しかし、よく見るとこの薬の恩恵を被って病気の発症を予防ができた人は千人のうち7人ということです。あとの993人は薬を服用してもしなくても病気の発症の有無には関係がなかったということになります。
  現代社会は客観性を尊重するために、統計的な確率や数字がいろんな領域で説得力を持つ資料になります。しかし、私個人においての薬の効果の判断は薬が効いたか、効かなかったかのどちらかです。百点か零点かということです。統計的な数字や確率の情報の中で、われわれが日々「生きていく」ということはパーセントでは示せない、決断の連続なのです。生きることは悩ましい決断を迫られているのです


田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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