「今を生きる」第56回   大分合同新聞 平成18年8月28日(月)朝刊 文化欄掲載

自我意識(4)

 自我意識の発達を調べる実験に「サリーとアン課題」というのがあります。4,5歳の子どもを前にして、劇で二人(サリー、アン)の登場人物を紹介し、ふたのある箱を二つ(AとB)用意します。サリーがボールを箱Aの中に入れる。サリーが席を外している間に、アンがボールを箱Aの中から取り出して別の箱Bの中に移す。しばらくしてサリーが戻ってくる。そこで子どもたちに「サリーはボール取るためにどちらの箱に行くでしょう」、と質問するのです。自我意識の発達が十分でない四歳の子どもは「箱B」にボールを取りにいくと答えるそうです。五歳を超えた子どもは「箱A」と答えることができることが多いということです。 自我意識の十分に発達した大人は他人の立場になって考える、すなわちサリーの立場になって考えることができるから、当然「箱A」と分かるわけです。他人の立場になって考えることの未発達な4歳ぐらいまでの子どもは、自分中心で見たり、考えたりしかできないから、サリーの立場を考慮できず、自分の立場で「箱B」と答えるということです。4歳から5歳にかけて自我意識は大きく発達するということです。
  他人の立場になって考えるということは社会生活をする上では非常に大切なことです。かって講演会の途中で一番前に座っていた人の携帯電話が鳴り出し、その場で大きな声で話し始めて、お話しの場の雰囲気が一瞬にして冷め、聴衆も戸惑い、講師の私も当惑したことを経験したことがあります。全体に配慮が行き届かない、全体が見えないことを智慧(ちえ)がないと仏教ではいいます。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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