「今を生きる」第60回    大分合同新聞 平成18年10月30日(月)朝刊 文化欄掲載

自我意識(8)

 昭和44年の学園紛争華やかなころ、学生大会で議論が闘わされる時、理論的に合理的で説得力のある論理に、頭の上ではなるほどと影響を受けるのです。その時は、自分の個人的な欲は抑えてでも正しいと思われる理論、主張に賛同すべきだという心情になるのです。そこでは、個人的な私情を出すことは憚(はばか)れるという気持ちになります。
 学生が授業をボイコットするような国立大学は閉鎖するという声がどことなく聞こえてきた時、せっかく入学できた福岡の大学をやめなければならないとなると“困ったな”という、全身を揺さぶるような衝撃を私は感じたのでした。
 個人的な私情は抑えて、理に従って行動すべきだという理想主義が頭を占める。一方では、自分の体全体では「わが身がかわいい」という思いが日和見の行動を起こさせようとする。いったいどっちの私の思いが本当の私なのかと、戸惑いながらも体が行動を駆動します。
 本音の体全体での私、これが自我Aである。頭で理想主義であるべきだと考える自我B。自我Aと自我Bとが私の内部で対話をし、内部で葛藤(かっとう)するのです。
 学生ばかりの福岡での対話集会では自我Bの勢いが良いのです。一方、宇佐に帰って田舎で農作業を共同でしながら強く感じるのは自我Aなのです。その当時はその格差に戸惑いは覚えたが、なぜそういう事態が起こるのか、納得のいくうなずきは得られませんでした。哲学や宗教を食わず嫌いであった私には、俗物的な根性で、世間の中にまみれながら、それ以上の展開は不可能であったのです。その中で葛藤する自我を眺める、もう一つの自我Cが芽生えてきて、いったい自分とは何者なのか、と考える自我Cがいました。自我の分化、多元化である。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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