「今を生きる」第67回   大分合同新聞 平成19年2月26日(月)朝刊 文化欄掲載

天人五衰(3)
 天人五衰の解説を続けます。
 腋下汗流(えきかかんりゅう)…腋下に汗が流れると書かれていますが。どう理解するのが素直な理解でしょうか。 生物学的解釈を身体の老化現象と合わせて解釈して言われる人もいます。しかし、それなりに社会的、学問的地位を得た人が、年とともに自分が自在に活動していたころに比べ能力に陰りを感じるようになり、同時に自分以上の能力のある後輩や年下の者の出現を目の当たりにして、自分の心の内面に焦りを感じたり、腋の下に冷や汗をかくような感情を表現されていると、ある師からお聞きしたことがあります。世間的にどんなにときめく人であっても必ず出会うであろう現実です。
 世俗世界の最高位である天上界の住人は天人と呼ばれ、人間に比べて全てにおいて優れ非常に長寿ですが、それでも生物としての限界は超えられず、いずれ死を迎えます。その死の前兆を天人五衰と言っているのです。老病死に関わる四苦の課題であるとも言えるのでしょう。
 われわれが有限性(生まれて、生きて、そして死んでいく存在)であるということ、つまり、私が生きているということは、多くのものによって支えられて、生かされていることを示しています。当たり前と思っていたことが、当たり前でなかった。失われてみて初めて「在ること難し」と、凡人には知らされ、気付いていくのです。仏教の智慧(智慧)の目によって衰える(老病死)ことの裏表で「今、生きている」ことを大切にすることと同時に、老病死の受容(生死を超える)へと導かれるのです。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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