「今を生きる」第71回   大分合同新聞 平成19年5月21日(月)朝刊 文化欄掲載

天人五衰(7)
 人間以外の多くの生物の老・病・死の姿は生命連鎖の中で自然が包み込んで循環されているために、公衆の眼前に出てくることは少ないようです。人間でも都市化された社会環境の中では、老病死の姿は施設など対応されて、一段と衆目の及ばないものとなり、老病死が考えられなくなっている傾向があります。その為に老・病・死は困ったもの、私の元気な「生」を脅かすもの、忌み嫌うものになろうとしています。
 仏本行集経(ぶつぼんぎょうじつきょう)という経典には「四門出遊」として老・病・死に出会うお釈迦(しゃか)さんの話が説かれています。
 お釈迦さんは王宮の門から馬車に乗って出たときに、老人に出会います。老人の姿がリアルに説かれています。
 体は真っ黒で、やせ衰え二つに折り曲がって、二本足で歩けないのでつえを突き、二,三歩歩いては倒れる。首の皮は牛の首のように垂れ下がり、髪は薄くなり、歯はまばらに抜けている。いかにも老醜をさらけ出した老人の姿です。
 お釈迦さんは「あれは何だ」と御者に尋ねます。「あれは、老人というものです」という答えに対して、「老人という人間がいるのか」と問い返します。すると御者は「いや、そうではありません。どんな人間もみんな老人になるのです」と言われて、お釈迦さんは真っ青な顔になって王宮に引きこもったと伝えられています。
 そして次に南の門で病人、西の門で死者、北の門で出家者(沙門(しゃもん))と出会って行くのです。
 都市化された管理社会では、お釈迦さんの物語に似たような現実、老・病・死の現実に出会う機会が少なくなり、いざ自分のこととなると戸惑うということになってないでしょうか。蜀山人の狂歌に「いままでは 他人(ひと)が死ぬとは 思いしが おれが死ぬとは こいつアたまらん」があります。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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