「今を生きる」第73回   大分合同新聞 平成19年6月25日(月)朝刊 文化欄掲載

存在の満足(2)
 脊髄(せきずい)損傷で首から下のまひという障害のある星野冨弘さんの詩に「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちよりも大切なものがあると知った日、生きているのがうれしかった」があります。
 失意の中でキリスト教との縁があり、教えによって生きる力をいただいている方です。詩の中で「生きる」から「生きている」という、表現の変化が見られます。現実を受容して、生かされていることの意味に目覚め、精いっぱい生きているさまがうかがえます。
 「今、ここに生きている」ということは、誰もが認める事実です。人間として生きている、その上でいかに生きるかが多くの人の関心事です。そして生きることの目標は、誰からも教えてもらわなくとも、「幸せ」であるとアリストテレスが指摘しています。
 幸せを感じている人は、今、ここで生きていることに充足しているのです。自分の周囲の事象や現実を受容して、「私は私でよかった」と喜びを表現します。 郷土の先人、三浦梅園はその喜びを中国の書籍から引用して「人生恨むなかれ 人知るなきを 幽谷深山 華自(おの)ずから紅なり」と書で残されています。 与えられた境遇を受取り、精いっぱい、完全燃焼して生きているさまを「華自ずから紅なり」と示されています。
 深い思索のあとが書物として残され、現代でも研究されて、時代を超えた評価を得ている梅園といえども、個人の生活においては決して順風満帆の人生ではなかったようです。 しかし、上記の詩に自分の生き方と重ね合わせ、共感されたのでしょう。
 豊後の地に生をうけ、与えられた時代性、社会性を安んじて受容して、精いっぱい生き切った、成熟した人格としての「足るを知る世界」を生きておられたであろうと、書より感じ取ることが出来のです。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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