「今を生きる」第93回   大分合同新聞 平成20年4月21日(月)朝刊 文化欄掲載

心を洗う(9)
 「人事を尽くして、天命を待つ」の格言に似た内容の表現が、仏教では「天命に安んじて、人事を尽くす」と言われています。どちらの格言に沿ったときに結果として「人事を尽くす」ということが実際に実現する事になるだろうかと考えると、興味深いものがあります。
 課題に取り組む時に課題のおかれている状況をいろいろ検討して、前者の場合は不都合な条件は差し置いて好ましい条件を集めて課題に取り組みます。
 取り組みの途中で時には不都合な条件を恨めしく思い、あれが無ければ、あれが有るばっかりに頑張れないと、つい恨みの思いで愚痴を言いがちです。結果として周囲に悪臭(愚痴を聞いて良い気持にはなれません)を放ちながら不完全燃焼していくことになります。
 後者の場合は課題の置かれた状況は課題と一体的なモノだ(身土不二;註)。その状況を含めて、私の取り組むべき現実、私を育てようとして与えられた仕事と安んじて受け取り、その置かれた状況の中で念仏して、精いっぱいに悪戦苦闘して人事を尽くすとなるのです。
 どちらが結果として人事を尽くすことが実現出来ていくでしょうか。私にとっては後者です。
 仏教の智慧(ちえ)によって自分の心根を照らされながら、我執に振り回されることを少なくして、現実を受けとめ、仏の心を念持(念仏)して今日を精いっぱい生きる。私の思いを翻して、仏の教えの如く生きる。それが未練のない、一日一日を大切にする取り組みの道につながると教えていただいています。
 註;身土不二(しんどふに)仏教用語。「身」(主体、私の存在)と、「土」(身がよりどころにしている環境)は切り離せない、という意味。

田畑正久(たばた まさひさ)
1949年、大分県宇佐市の生まれ。九大病院、国立中津病院を経て東国東広域病院へ、同院長を10年間勤め2004年の3月勇退。現在宇佐市の佐藤第二病院に医師として勤務、飯田女子短大客員教授として医療と仏教の協力関係構築に取り組んでいる。

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