「今を生きる」第111回   大分合同新聞 平成21年1月26日(月)朝刊 文化欄掲載

心を洗う(27)
 戒律は出家者には無数にありますが、在家(欲を認めた生活をする者、出家してない人。日本では多くの僧侶は家族を持って在家となっています)の者が心を清らかにしようとするためには、仏教では五つの戒律を守ることを基本にして、自分の心の弱みを観察して、それも戒めるように努力すること勧めています。
 在家の人に奨められているのは次の五つです。
 @私は殺生はしません。
 A盗みません。
 Bよこしまな行為はしません。
 Cうそはつきません。
 D酒・麻薬などはのみません。
 この五つは、お釈迦(しゃか)さまが人が心の平安を保ち、幸福に生きるために守るべき道徳を智慧(ちえ)の目で見て示されたものと思われます。
 戒律は、必ず自分で自律的に守るもの、自分で心に固く決めて、守っていくべきものです。
 自分の怠け心を防ぐために、戒をつけ加えて守っていくことがさらに良いようです。いわゆるグルメの人は美食への貪(むさぼ)りを戒めて守る、おしゃべり好きの人は無駄話に気を付ける、テレビや週刊誌を見て時間を浪費しない、煩悩を刺激するようなものには近づかないーなどです。戒律は、身体と口(言葉)の行為で、間違いを起こさないように管理することが目的です。
 心の汚れは、座禅や冥想(めいそう)などの行によって清らかにしていくといわれています。仏教の智慧が生じるためには、煩悩(欲)に振り回された生活を戒めて煩悩を弱める必要があるからです。ですから仏道の修行には戒を守ることは欠かせません。
 釈迦の死後、教団の維持・発展が残された弟子たちの使命となり、残された仏弟子によって釈尊の説いた戒律の編集が行われました。以降、仏弟子たる僧侶の者は経・律・論を修めることが求められるようになっていったのです。
 釈尊亡き後二千年経過した現代、在家のわれわれはその戒律をどう受け取っていくかが課題となるのです。

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