「今を生きる」第144回   大分合同新聞 平成22年5月31日(月)朝刊 文化欄掲載

老病死を受けとめる(10)
 結婚して60年という高齢者のご夫婦。奥さんの体が少し不自由になり、夫が今まで経験しなかった家事をするようになって、なんとか夫婦で暮らしているーとの様子をテレビで放送していました。取材者がその夫にインタビューをしていたが、「夫婦で一日一日を楽しんで生きたい」と答える場面がありました。「楽しんで生きたい」という発言に「エッ、そうなんだろうか」と感じました。60歳代の私には80歳代の心境は想像するしかありませんが……。
 というのも、私の恩師が医療相談に来られて、いろいろ話が弾んでいたときに、老病死にまつわる話になってから「どうせ死ぬんだったら、酒を飲んで楽しまんと損ですね」と言われたことや、ある哲学者の「人間にはもって生まれた思い違いとでもいうべきものが一つだけある。 われわれが存在するのは幸福になるためだというのがそれである」という言葉を思いだしたからです。
 「幸福を探して幸福を見つけた人はいない」という言葉があります。幸福は目的にすべきことではなく、人生の歩みのなかに感じる充足感に幸福という意味があるのではないかと思われます。しかし、我々は欲望というか煩悩を満足させたり、楽しんで生きることを幸福と思っている節があります。
 その発想には、老病死を先送りしてできるだけ見ないようにして、元気なうちに欲を満足させ、今を楽しむことが人間の幸福だという思いへのとらわれがあるのではないでしょうか。老病死は、できることなら「ない」ことにしたいというのが世俗の価値判断です。老病死の現実に目をふさいで生きようとしているところに、現代社会が抱えるさまざまな問題があるのではないかと思われます。

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