「今を生きる」第154回   大分合同新聞 平成22年11月1日(月)朝刊 文化欄掲載

老病死を受けとめる(20)
 30年ほど前は、がんという病名は患者さんに告げないのが日本の医療界の暗黙の了解でした。それが約20年前ごろから、がんという病名を患者さん本人に告げる流れが大勢になりました。しかし、最近の調査では実際に告げられているのは70%前後だと報告されています。がんに対応することの多い病院では事務的に病名を告げる傾向がなきにしはあらずですが……。
 患者さんと親しい関係にあれば、がんという病名を告げた後も関わりが続きますので、その後の対応に習熟してないと、病名を告げるのについ躊躇(ちゅうちょ)してしまいます。
 実際には治癒可能(よくなる)なレベルのがんだと告げるのは容易ですが、治癒不可能な場合や再発のときには本当の病状を告げるのは医療者にとっても悩ましいものがあります。告げる方が患者さんのためという考えと、告げない方が患者さんにやさしい対応だ、と医療関係者の思いはバラバラです。
 それは日本が「死」に直面することを避ける文化状況、社会状況になっているからです。学校現場では「明日がある」「若いんだ、生きているんだ」「夢だ、希望だ」「向上、発展、前進」、と前向きで明るい。老・病・死なんて全くといっていいほどありませんし、教えもしません。学校だけでなく、社会全体がそうなのです。
 「死」があるから「生きている」ことを大切にする、死のない生はない。病気があって健康。年を取るから若いーというのが本当の姿です。
 私たちはいつの間にか、嫌なことや反対の事柄は切り捨ててしまったかのごとくです。表があれば必ず裏があります、裏を切り捨てたら表もなくなります。いくら切り捨てたつもりでも事実は変わりません。切り捨てられないにもかかわらず、半分を切り捨てられると錯覚し、その上に築かれているのが現代の世俗社会でないでしょうか。ですから虚偽です。

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