「今を生きる」第204回   大分合同新聞 平成24年11月19日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(31)
 9月末に亡くなられた宮城県の医師、岡部健氏は20年近くがん患者の緩和ケアに取り組んでこられました。岡部医師自身も胃がんを発病して手術後肺臓転移が見つかり、自身のがんの緩和ケアを考えざるをえなくなったという。そして日本の医療界は「死に往(ゆ)く者の道しるべを失っていたことに気付いた」と発言されています。
 日本の医療界の目標は「健康で長生き」「老病死はあってはならないことだ」「元気で若々しい,イキイキした「生」こそ本来の姿だ」「元の姿に戻すことを治療という」という発想で取り組みがなされてきました
 しかし、現実に治療できないがんの状態に岡部氏自身がなられて、日本の医療文化が「死に往く者への道しるべを失っていた」ことにいたといいます。残された人生を、その課題「死を受けとめる日本の文化の再生」に取り組んでいきたいと言われていました。
 20年前にいわゆる臨終の「お迎え」の課題を医療の中で言い出したときは「何をバカなことを言っているんだ」で終わりだったといいます。しかし、日本におけるがんによる死亡数の増加、緩和ケアの進歩、人類の経験しなかった高齢者の増加、東日本大震災による人命の多くの被害、現代人の死を見つめる意識の変化が、あらためて老病死の受け取りの文化への関心を高めていることがあります。
 しかしながら、医療文化の基礎である科学的思考は画家のゴーギャンも問題にした「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」という実存的、宗教的な課題に答えを示してくれないのです。
 日本の医療界が老病死の課題に日常の診療で取り組み。国民の8割以上の死を医療機関が担当していることを考えるとき、今までの医療関係者だけの発想では対応できない課題を、岡部氏は問題提起されています。高齢社会を迎えて仏教文化を含めて日本文化の真価が問われようとしています。

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