「今を生きる」第222回   大分合同新聞 平成25年9月2日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(49)
 最近、医療関係者向けの新聞に掲載された興味深い記事が掲載されていました。それによると、米国基地内の収容所で、強制連行されたテロリスト被疑者の多くが種々の事情で処遇が決まらず,中途半端な扱いを受けているそうです。そのことへの抵抗の姿勢を示して、多数の被疑者がハンガーストライキに入ったといいます。餓死する可能性もあるため、収容所は鼻から管を入れて栄養剤を注入する経管栄養を実施しているといいます。しかも「拘束椅子」を使用して、強制的に行っているとのことです。それは医療関係者でないと実施できないと思われます。
 米国の医療倫理の専門家の一人が,「強制的経管栄養は,世界医師会マルタ宣言でも明瞭に述べられているように,医療倫理の根本に違反する」と指摘したのです。医療行為は患者の同意の下に実施されるのが原則であり,判断能力が備わっている成人に対して「強制的」に行われる行為は,「強制的」となった時点で医療ではなく「傷害」となるからである、との理由です。人権意識の高い米国ならではの問題意識です。
 翻って、我が国では超高齢者が種々の原因で飲食が十分にできなくなって寝たきり状態になったとき、救命・延命や退院を促進するために、内視鏡的な胃瘻(いろう)造設が多く実施されています。本人が意思表示できないという事情もあるでしょうが、家族の希望を聞きながらも、医師の主導的な勧めで処置を受けていることが多いようです。
 療養型病棟や福祉の施設では高頻度に経管栄養がなされていますが、医療関係者の多くが「自分には胃瘻を作って欲しくない」という本音を漏らされています。
 医療関係者の価値観、倫理観から救命・延命の対応がなされていますが、それは米国で指摘されるような医療倫理に違反して結果的に患者への傷害となるような医療行為となっている可能性はないでしょうか。最近、高齢者問題で発言されることの多い中村仁一医師は、「患者の生命、生活の質を落とすことになる処置はなされるべきではない」と指摘しています。

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