「今を生きる」第224回   大分合同新聞 平成25年9月30日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(51)
 QOLとは quality of life の略で、「生活、生命の質」と言われるものです。物事を考えるときに量を重点的に考えるか、質を重点的に考えるかで問題になることです。
 貧しい時代を経験した者は、どうしても量的な豊かさを求める傾向になります。医療の世界でも平均寿命が50歳を超えたのは戦後のことです。明治、大正、そして昭和の20年代までは結核で多くの若い命が亡くなっていました。戦後の経済的発展に伴って、栄養状況の改善、公衆衛生の整備、抗生剤などの医学の進歩によって、日本人の平均寿命は目覚ましく伸びて、日本人として生まれた人の半数が80歳を超える時代を迎えています。しかし、医療・福祉の現場で出会う90歳を超えた人たちが長寿を喜んでいるかというと、ちょっと首をかしげたくなります。
 そこで問題となるのが「生活、生命の質」という課題です。医療のよって立つ科学的思考で質を思考すると、「便利である」「快適である」「効率がよい」「使い勝手がよい」「早い」「清潔である」などを考えていきます。それらのことで解決のつく課題だとよいのですが、「何でこんな病気になったのか」「病気のまま生きることに生きがいを見い出せない」「障害を負うのであれば死んだ方がましだ」などの患者の苦悩には科学的思考では対応が困難です、質の深さが違うからでしょう。
 哲学とか宗教が問題とするのはその質の領域です。医療の仕事をしてきた者として、仏教の学びをしてみてはじめて問題にする「質」の内容に差があることに気付かされます。仏教の学びをしなければ医療文化の考える「生命の質」で十分だ、それ以上の哲学的、宗教的なことは私的なことであると考えてそれ以上は関わらない、という姿勢を取ったでしょう。
 しかしながら、病める人の全体を考える時、医療文化の考える「質」は大事ではあるが、表面的で不十分であることを知らされるのです。

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