「今を生きる」第239回   大分合同新聞 平成26年5月5日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(66)
 東北大学に臨床宗教師を養成する過程を2年前に立ち上げることに大きな影響を与えた医師、岡部健さんの願いが『看取り先生の遺言』(奥野修司著、文芸春秋)に記録されています。
 ホスピス(緩和ケア病棟、仏教ではビハーラという)は末期の患者にも手厚い配慮をする医療施設です。がんなどの終末期に、種々の不安や苦悩が出てきても、十分な対応がなされるようになっています。
 終末期の患者の身体的苦痛に麻薬などで対応ができても、心の苦悩まで緩和することが難しく、その苦悩を和らげるために鎮静剤を使うことがあります。その薬を使用する割合を鎮静率と表現します。
 岡部医師は欧米のホスピスでの鎮静率が約10%であるのに、日本のホスピス(評価の高い施設でも)では約30%である事実に注目しています。欧米では、終末期に宗教者による患者に寄り添った宗教的対応がなされて、苦悩に対する配慮がされています。
 それに対して日本では医療者、患者の多くが宗教的な智慧(ちえ)との接点がないがために、宗教的な配慮が考慮されないままに、医療現場で精神的苦悩への対応に困り、終末期に鎮静剤が多く使われている可能性があります。そのために鎮静率が欧米に比べて高いのではないだろかと考察されています。
 見方を変えるとその事実は、日本では認められていない安楽死が、宗教文化なしの医療現場で、宗教的配慮がされないまま安楽死に近い対応でなされているのではないかと問題点を指摘しています。
 岡部医師は自分自身が60歳で胃がんの手術を受けるも、その後再発して、62歳で亡くなられました。治療を受ける立場に身を置いてみて、自分の長年の思い、仏教文化を失った医療現場の問題点が実感されたといいます。
 がんを経験しながら、生老病死の四苦を超える道の仏教文化の復活を願い、医療現場で十分に働ける宗教者の養成が必要であることを多くの人に訴え、いろんな分野の人に働きかけて東北大学で新しい試みが始まったのです。

(C)Copyright 1999-2017 Tannisho ni kiku kai. All right reserved.