「今を生きる」第240回   大分合同新聞 平成26年5月19日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(67)
 現代医療、医学は人間の病気に対して科学的思考で対応してきました。科学の思考は計算的思考で人体、病気のからくりを分析的に解明するのに大きな力を発揮します。理性的合理主義で医師教育はなされ、客観的事実に基づいた医療に磨きをかけています。医療の世界では患者の人生観、価値観、死生観等はその患者の個人的なことで医療はそれに関わることなく、感性などに振り回されず冷静で理性的に対応することが教えられてきました。
 世界に誇る国民皆保険、そして介護保険が創設され、国民の医療への期待もあり、老病死への対応は医療でなされるものとの考えて、国民の死の場所が医療関係施設で8割を超えるという状況が起こっています。
 病気を相手の医療であれば、老衰や加齢現象による死は医療は関わらなくても良いわけです。急性期医療担当の病院で、入院原因の病気は良くなったが加齢現象と長期の安静によって身体が弱って介護が必要な状態となった時、医師から「これ以上は治療をすることがありませんので退院してください」と家族が言われて戸惑ったという話を聞くことがあります。
 病気だけを相手にする病院では治療が必要で無くなってからは入院の必要はないのです。しかし、治癒へ向けての治療ではないが、病気を良い状態で管理しなければならない状況が高齢社会を迎えて多くなってきています。
 長期的に経過を診るということになると、必然として病気だけではなく病人を全人的に診ていかざるを得ないようになるでしょう。その時に問題になるのが人生観・死生観と言われる、人間に生まれた意味、生きることの意味、生きることで果たす役割・使命・仕事、死んでいくことの物語です。そういう意味や物語に気付かせる世界が仏教文化です。
 仏教は大局的な「人間とは?」「人生とは?」という課題に取り組み、世俗の価値観を超えた目覚め、生老病死の四苦を超える悟りの世界を教えてくれているのです。

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