「今を生きる」第256回   大分合同新聞 平成27年1月12日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(83)
 仏教はわれわれを動物的「ヒト」から人間へ、そして成熟した人間(仏教の菩薩を想定)になり、ついに仏に成る道を教えようとしています。「死」が世間的な不幸の極みということではなく、人間として完成して、人生を生き切って、仏に成る方向性です。
 仏教ではわれわれの日常生活は「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人」「天」と六つ(六道)の迷いを繰り返し、苦の世界を作り出している認識し、その苦の世界から解脱することを目指しているのです。
 六道の特徴の一つは、自分の置かれている外の状況を見つめ、自分の幸・不幸を決めるのは、外の状況だと決め付けて、外の条件を都合が良いか悪いかと自分の思い(分別)で判断することです。突き詰めていくと「渡る世間は鬼ばかり」と注意して用心をしっかりとします。そして都合の良いものを周囲に集めようと努力します。
 仏の智慧は、あなたが自分という立場から外の状況を良い、悪いと判断してみようとしているが、外の種々の状況・条件はあなたに無関係なものはなく、密接な関係性があることを教えてくれるのです。
 外の状況はあなたと別々な関係ではなく、周囲(時間的・空間的)の種々の状況が今のあなたを存在せしめているのです。種々の周囲の状況が今のあなたを育て、生かし、支え、教え、導こうと働いていることに気付かせようとしているのです。それは「渡る世間は菩薩ばかり」と受け取ることのできる浄土に似た世界です。
 菩薩とは仏の教えを悟り、その内容で他の人を教化する働きをしている存在を示します。菩薩は種々の生き様(私の周囲の人や存在物になって)で、私に良い見本や悪い見本を演じてみせて教えてくれているのです。
 対人援助の医療の現場は仏の智慧の視点を持つと、多くの菩薩さんたちに出遇う場でもあり、「人間とは?」、「人生とは?」、ということの意味の世界への目覚め、気付きに導かれる場なのです。

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