「今を生きる」第278回   大分合同新聞 平成27年11月30日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(105)
 医療は医療行為を手段として病気を治療して「『仕合わせ』な人生を生き切ってもらう」ことが目的だと思われます。そのために健康診断は病気になる前に早期発見、早期治療を目指して行われています。
 日本人間ドック学会が8月、2014年の健康診断の最新統計調査報告を発表しました。その結果、基本検査の全項目で異常のない受診者は男性で5.5%、女性で8.3%しかいなかったそうです(全体で6.6%)。これは年々低下しています。
 健診を受ける人は多分、自分は病気ではないと確信するために受診するものです。それなのに20人の内、18−19人が異常ありという診断だったのです。健診で異常を指摘され、「精密検査を受けなさい」と指示されて受診される人が来院しています。
 全くの健康や検査での異常なしが良い状態だと判断すると、異常値を指摘された人を医学的に「全くの健康」、「検査値異常なし」の状態にしようとすると大きな問題があります。
 かって近所の婦人が健診を受けて、肝機能の数値の正常値が40未満のところ、50をちょっと超えていたために異常と指摘され心配してきました。「この検査項目を正常になるように治療をしてください」と受診してきたのです。
 病歴、他の検査値などを総合的に考えて、「現時点では特に治療の必要はありません、経過を診ていきましょう」と説明したら、「先生は患者の気持ちが分かってない。患者は正常値になることを期待しているのです」と言われて困ったことがありました。異常値の意味、肝臓の病態、肝臓の予備能力、心配しなければならない病気、病状を説明して何とか納得してもらいました。
 受診者の中には「健康、正常値」が目的のように思われている人がいます。そんな人との対話の中で、「『健康で長生き』のために熱心に取り組んでいるようですが、長生きして何か実現したという目的はあるのですか」と聞くと「別に……」と戸惑いの苦笑いをされることが多いです。

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