「今を生きる」第285回   大分合同新聞 平成28年3月21日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(112)
 生命を大切にするということはどういうことでしょう。物事を考えるとき、質と量の面から思考することができます。「健康で長生き」というとき、健康は質的要素です。長生きは量的要素です。われわれの思考の基礎である理性、知性の分別は量的な表現を好みます。
 量の多少長短は客観的な表現で示すことができ、見たり聞いたりする上で説得力を持ちます。質的要素は抽象的で主観的で、皆さんを納得させる面で弱いと思われます。そのために理知分別に訴える具体的な「長生き」の方に関心が向いてきたのです。
 生命を大切にするとか尊重するということを考えるとき、年齢が若い人の病気は、最新の医学知識を総動員して治療することは大切でしょう。一方、(超)高齢者の長生きという面ではもう天井が見えてきたように思われます。100歳を越えて元気な人はやはり少ないです。
 そうすると量から質へ関心が向いていくようになります。医療でも最先端の科学技術を使って質を向上させようとします。しかし質の内容は、表面的な「心地よい」「楽しい」「楽だ」「おいしい」「快適な」ということだけに関心が向いているように思われます。
 地域医療の標語に「ピンピンコロリ(PPK運動)」という言葉があります。これは生きている間は元気でピンピンと立ち回って、死ぬときには長患いをせずコロリと死にたい、という願望を表した言葉です。限りなく「死」を見ないように関わらないように生きたいという意思が出ています。医療や心理学は生きている間の課題に真剣に取り組んでいるのですが、「死んでしまえばおしまい」という価値観を超えることができません。
 ある哲学者が、与えられた今、今日を精一杯、完全燃焼するように生き切る人は、明日のことは明日にお任せする世界(明日になれば、その時の現実を精一杯受け止めて取り組む)を生きるようになると思索されています。
 今日に「足るを知る」世界を持ち得た者は、明日のことを取り越し苦労をしなくなると表現しています。仏教が教える「死を超える道」のヒントが暗示されているように思われます。

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