「今を生きる」第306回   大分合同新聞 平成29年1月23日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(133)
 前回の内容について、「お釈迦様が不老不死の極意を会得したのですか」という問いがありました。仏教は医学と競争して不老不死の術(すべ)を教えるということではありません。
 もし「仏教を信仰すると病気が治癒します」という仏教(?)があるとすれば、医療と同じように「科学的な評価に耐えられる実績の記録がありますか。あれば、検証したものを見せて下さい」と問うてみたいと思います。
 仏教は「二の矢を受けない」と教えています。悟りや信心を頂いている人でも「一の矢」、すなわち縁次第では色々な病気になることは避けられません。
 一部の病気(ストレスから起こる病気)においては、仏の智慧によってストレスが軽減されて、病気が快方に向かうことはあるでしょうが…。
 智慧がないと、病苦に加えて「病気は嫌だ」「困った。死ぬのではないか」、「明るい方向が見えない」と苦悩し、二重に苦しむのです。仏教は「老病死を遠ざける」のではなく、「老病死の現実をどう受け止めるか」の領域で働きを発揮するのです。
 仏教の神秘的な力によって、現代医療では治らない病気を治癒しようとするのではありません。生老病死に起因する四苦を超える道が仏教です。超えるということは、世間一般の思考の延長線上ではなく、日常の思考では思いもしなかった、ビックリするような仏の思考(智慧)を教えています。
 われわれが普段思っている「生きていることが当たり前」ということ、物事のありようにたいする了解が、仏の智慧によって根本姿勢が正され、目覚めさせられます。
 そして「多くのお陰で生かされている」、「(死ぬのが当たり前のところを)在ること難しの中で生きている」という深い洞察へと導かれ、迷いを超えるのです。

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