「今を生きる」第310回   大分合同新聞 平成29年3月27日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(137)
 勤務している病院で毎月第一金曜日の午後1時から開催している公開講座で、「精いっぱい生きる」という趣旨の講義をした時、参加者から質問が出ました。
 ピアノ教師をしている大北絵三子さんは近々、大分市でチェンバロの演奏会を予定しているといいます。「演奏会の途中でミスをするのではと心配することがある」という質問を受けました。
 「精いっぱい生きる」ということと、ミスをしないかという「取り越し苦労」を、どう考えたらよいかということでしょう。この質問は「生きる死ぬ」に直接関係ないかもしれませんが、同じことを問題にしています。
 仏教では「一瞬一瞬を大切生きる」、「今、ここしかあなたの生きる場はない」と表現します。仏教を生きた先達の言葉に「天命に安んじて、人事を尽くす」「宿命を転じて使命に生きる、これを自由と言う」があります。
 自分に与えられた場、状況を「これが私の与えられた現実、南無阿弥陀仏」と取り組むのです。念仏する心は、仏様にお願いをするのではなく、「日頃の準備の成果を出させていただきます(演奏します)。仏様ご照覧あれ」と取り組むのです。
 「うまくいくか、いかないかは仏さんへお任せします」と、心の執われを放下(ほうげ)するのです。「その結果は私の現実(責任)です。南無阿弥陀仏」と引き受ける勇気をいただくのです。これが生死(しょうじ、迷いという意味)を超える道です。
 そのためには日々の準備(演奏や心構え)が必要です。強いて言うならば、ミスをするとかしないとか、成功や失敗などの世間的な評判、評価を気にせずに、「仏様(大きな存在)、どうぞ見守って下さい、精いっぱいの演奏をさせていただきます」という気持ちが大切ではないかという趣旨の返答をしました。
 大北さんの演奏会は4月29日午後2時から大分市大手町のルーテル大分教会で開かれます。参加無料。

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