「今を生きる」第319回   大分合同新聞 平成29年8月14日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(146)
 私たちは幼い時から、時代、環境、家庭の価値観などの影響を受けて物事を見る視点を身に着けます。そして、同じような見方。考え方をする集団の一員として育ちます。その場合、異質な価値観に触れると拒否反応を示しやすいといわれ、その結果、異質なものとの間で摩擦が起こりやすくなります。私も幼い頃、遊びの中で小さな集団を作って、隣の集落といさかいを経験したことがあります。
 しかし、小学校から大学へと進むにつれて、多様な文化や社会に触れて「世界とは?」「人間とは?」「人生とは?」などを学びます。そして、幼かった頃の考えや自分の視野の狭さや浅さ痛感することになります。
 高校時代まで宇佐市の農村社会で育ちました。大学に入学した1960年代半ばから福岡市で生活をするようになりました。平日の昼間に同市の中心部天神の繁華街に行くと、どうして昼間から多くの人が行き来しているのかというカルチャーショック(仕事もせず、こんなに暇な人が多いのかという先入観、偏見です)を受けました。今思えば、本当に世間知らずでした。
 私たちは普段の生活では理知分別で客観的に考えることを重視して、世間的な常識に従って合理的に対応しようとします。世間の生活をしながら経験を積み、見聞を広めていきます。そのようにして自分なりの世界観や人生観、価値観を作り上げてきたのですが、医学部5年生のとき、仏教の教えに触れて気づかされたことがありました。自分なりの世界観で、「これが当然だ」「これしか考えられない」と絶対化して思っていたことを覆(くつがえ)され、他の世界もあると相対化させられた経験です。
 私たちは気付かないうちに時代や社会状況、教育などの影響を受け、自分なりの世界観や人生観を作り上げているのです。百人いれば百人の世界観があるでしょう。仏教では、人間は生まれる時に身心と共に世界を持って生まれてくると教えています。

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