「今を生きる」第323回   大分合同新聞 平成29年10月16日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(150)
 私たちは成長する過程で、家庭や地域、教育などのさまざまな環境の影響を大きく受けています。仏教に「身土不二(しんどふに」」という言葉があります。その身(人間)と環境(土)とは切っても切れない密接な関係があるという意味です。ある人について実際にどんな人かを判断する時、その人の交友関係を見れば人間性を類推することができます。
 人間が生まれ育つ環境は、人格の形成と成熟に大きな影響を及ぼします。真偽は分かりませんが、インドでオオカミに育てられた子供の話を読んだことがあります。その子は発見後に宣教師夫婦に育てられたのですが、人間的な成長をしていくのに苦労したという話でした。
 犬や猫は、自分が存在しているという「自我意識」が育ちませんが、類人猿のチンパンジーでは自我意識が見られるそうです。動物を四面鏡張りの部屋に入れて、鏡に映った姿を自分だと認識する(自我意識があるか)かどうかを観察する実験で、仲間から隔離して育てられたチンパンジーと仲間と一緒に育てられたチンパンジーを比べた実験があります。すると、前者は自我意識の発達は見られませんでしたが、後者は発達が見られたと報告されています。このことから、自我意識の発達や人格の成熟には、周囲との関係が大きく影響するということが分かります。
 人間の成長にも時代や社会、家庭環境も大きな影響を及ぼすと見られます。戦前戦中に青春期を過ごした私の母は県立高等女学校に合格したが、農家の親は「女は勉強せんでもいい」との意向を以っていて、進学できなかったと話していました。
 浄土を考える時、環境という発想で考えると分かりやすいと思います。煩悩を滅却した(煩悩が全くない)仏の悟りの世界を涅槃(ねはん)と言いますが、浄土は仏の世界であると同時に、仏の智慧が私たちに働きかける場です。浄土の働きは目に見えませんが、間違いなく私たちに働きかけています。それは、磁石が周りに磁場という働きの場を持っているのに似ています。
 浄土は仏の智慧のはたらきを感得できる人には存在するのですが、仏教にご縁がないまま生活している人には「ない」ということになるのです。

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