「今を生きる」第330回   大分合同新聞 平成30年2月12日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(157)
 終末期の医療で、痛みや不安を和らげる緩和ケアがあります。2010年に英国であった緩和ケア関連学会で「よき死(Good Death )を包括した公衆衛生的アプローチ」という発表がありました。その発表直後、医学関係の新聞は「この発表内容は緩和ケアの対象をすべての疾患に拡大するという、医療における第三のパラダイムシフト(考え方・認識の枠組みが大きく変わること)だ」と紹介しました。
 それは医療の中でこれまでタブー視されてきた「死」を「誰にも訪れる必定」と捉え直し、これを機に,それまでの治療(Cure)をめざす医療から、よき死を包括する医療へと転換していくという流れが医療界に初めて出てきたのです。
 医療の第一のパラダイムシフトは、近代医学の発展による感染症の克服です。日本では1950年代に結核による死亡数が大きく減少しました。第二はホスピス運動です。治癒を追求するあまり人間を生物学的モデルのように扱い人間性を剥奪してきた医療現場へのアンチテーゼ(対立命題)です。ひたすら延命を目指し、生命の質への配慮に欠ける傾向があった時代を見直すというものです。
 現在、日本では緩和ケア病棟に入院できるのは、エイズとがんの患者だけとされています。しかし、「さまざまな疾患に対して終末期ケアを拡大していく」という方向性が出てきたことで、タブー視してきた死を「良き死」として医療の対象としました。これが第三のパラダイムシフトと言われるゆえんです。
 医学・医療は合理主義や唯物論的科学を基礎としているので、生命活動を終わる死や死後などについては基本的に研究の対象としていません。医学は「良き死」という課題をどう考えていけばよいのでしょうか。尊厳死や安楽死、自然死(老衰死)、満足死などが思い浮かびますが、それだけでいいのでしょうか。
 医療現場では「死んでしまえばおしまい」と考え、中には「人間は死んだらごみになる」と言う人もいます。しかし、そのように言っていた人の子どもが病気になり、子どもから「お父さん、死んだらどうなるの」と聞かれた時、「死んだらごみになる」とは言えなかったと告白していました。子供に説明できないような生き方を私たちはしているのかもしれません。

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