「今を生きる」第338回   大分合同新聞 平成30年6月18日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(165)
 医療は人間の生まれること、年老いていくこと、生きていく上の病気、そして死という「生老病死の四苦」に関わっています。仏教も2500年にわたって、四苦という同じ課題の解決に取り組んできました。しかし、同じことを課題としながら日本では両者の協力関係が実現できていません。
 医学が拠り所にしている科学的思考は死後の世界を認めません。それは、死後の世界の根拠を客観的に示せないからです。そして、多くの医療者は「死んだらおしまい」と考えています。今後も客観的証明は難しいでしょう。
 人間関係において、他人の心を理解することは難しいです。一方、自分のことは自分が一番よく知っているという言葉を聞きますが、内省してみても本当は自分はよく分からないということがあります。
 人間や人生の全体像を把握するのに科学的思考だけで十分でしょうか。身体的な面は科学的思考で把握できますが、心を含めて精神活動の客観的な解明は進んでいません。むしろ、科学的思考では精神面の把握は不可能と言った方がいいのかも知れません。
 知り合いのお寺の若院(住職の後継者)さんが、この春、優秀な修士論文を書き上げて龍谷大学大学院真宗学科を卒業しました。若院さんは別な大学院でも仏教を学んで卒業しています。その若院さんが、お寺の花まつりの会で、門徒さんに卒業の報告とお礼を述べて、「今後も更に勉強していきたい」との抱負を話していました。
 その行事の途中に、子連れで初参式(生まれた赤ちゃんが初めてお寺にお参りする式)に参加した同世代の人から、「二つの大学院を卒業したのに、まだ勉強しないといけないのか」とけげんな顔をして話しかけられていました。その人は、大学院で仏教の知識を学んでしまえば十分で、車の免許を取る時の試験勉強のように思っているのでしょう。
 仏教は「人間とは何か」「人生にどういう意味があるのか」「人生の苦悩をどう解決するのか」などの課題に目覚めて、超える道を教えているのです。学んでみて初めて仏教の世界の大きさに圧倒されます。学ぶ過程で仏の智慧に出会う喜びを感じ、同時にさらに訪ねて行きたいという思いを持つのです。

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