「今を生きる」第343回   大分合同新聞 平成30年9月3日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(170)
 医療文化と仏教文化を比較、検証します。どちらも「生老病死の四苦」の課題に取り組み、私たちの日常生活に深く関っているからです。「人間とは?、人生とは?」という問いに両者はどのように答えているか。私たちはどちらの答えに納得していけるかということでしょう。
 医療文化が根拠にしているのは科学的思考です。客観性を重視して、いつ誰が見ても、どの視点からでも齟齬(そご)がなく、実験による再現ができるものと考えます。多くの現代人は、事象を対象化(私とは無関係な三人称的に見る)して客観的に観察、思考しています。私たちの日常生活になくてはならない思考方法です。
 科学的思考は物事を細分化し、しっかりと観察、分析して個々の事象のからくりを計算的に解き明かしていきます。そして、機序(背景にある仕組み)を考えて局所的なものを再統合して全体の相(すがた)を見極めるという方法です。医学は体の各部の仕組みや働き、病気の機序、さまざまな治療法の利点・欠点を総合的に考えて全体像を把握し、治療という名の下に管理、支配して健康で長生きを目指していくのです。
 一方、仏教の智慧は仏の悟り,目覚めの思考方法です。医療文化のような局所的な思考ではなくて、物事の全体を(人間で言えば人生全体を)重視して考えていきます。
 これは根源的思考とも言われますが。私たちの日常の考え方とは異質なものです。分別して分かろうとするのではなく「物の言う声を聞く」という思考です。「この現実は私に何を教えようとしてしいているのか、何を気付かせようとしているのか」と考えるのです。
 マージャンでは最初に配られた牌(手持ちの札)が悪いという理由で対戦を拒否したらゲームになりません。与えられた牌の中で最善の策を考えていくことを競うのです。目の前にある事実に対処していくマージャンは、与えられた境遇の中で人生をいかに生きるのかーという仏教の発想に似ています。

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