「今を生きる」第367回   大分合同新聞 令和1年10月7日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(194)
 人間に生まれる機序(仕組み)は生物学によって解明され、医学の進歩とともに治療の分野にも応用されています。ただし、人間に生まれた意味、物語に科学が触れることはほとんどありません。それらを気付かせてくれるのは宗教です。
 宗教学者に聞くと、あらゆる人が納得できる普遍的な「人間として生まれた物語」は存在しないと思われます。キリスト教では神による天地創造を説き, 一人ひとりの人間も神の似姿として神によって造られた者と教えるようです。
 仏教は天地創造のような神を説いていません、物事の始まりと終わりに触れることはありません。あらゆる物は単体で存在することはなく、常に別の何かと影響を与え合っている……。この相互作用を意味する「縁起の法」として、今起こっている現象のままに天地の動きを受け止めます。
 私たちが人生を生きていく上で、身体の構造や病気のメカニズムを解明するばかりでなく、精神的の部分まで含んだ「全人的な人間」という存在を確立し、人生の全体像を長期的な物語として捉える視点が必要と感じます。
 なぜなら、臨床現場で死に直面した患者から発せられる苦悩(スピリチュアルペイン)があるからです。
 「自分の人生は何だったのだろう」「今まで自分は一体何をして生きてきたのだろう」「ただ生きているだけで、もう何もすることがない、何のために生きているのだろう」。そんな思いに加え、「死んだらどうなるのだろう」という死の恐怖が重なります。「なぜ自分だけ、こんな病気にかからなければならないのか」「なぜこんなに苦しまなければならないのか」といった感情も生まれます。
 肉体的は疼痛(痛み、うなずき)に対しては、麻薬などを使うことでおおむね緩和できるようになりました。それだけで十分という人は良いでしょう。ただ、人によっては身体的苦痛が緩和されると死までの時間をより実感し、精神的、実存的な苦悩の解決が求められるケースがあるのです。

(C)Copyright 1999-2017 Tannisho ni kiku kai. All right reserved.