「今を生きる」第369回   大分合同新聞 令和1年11月4日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(196)
 毎年6月頃、大分大で医学部医学科と看護学科の新入生約180名に講義(健康科学概論)を担当しています。「人間の苦悩をどう解決するか」というテーマに、医療と仏教の協力関係の大切さを説きます。
 「苦」とは、自分の病という「現実」と、健康でありたい「思い」の差に由来します。すなわち、思い通りにいかないことが苦悩になっていくのです。
 そして、現実(病)を思い(健康)に戻そうとするのが医療であり、「老・病・死」の現実を受容する上で仏教の智慧、悟りの世界がはたらく可能性があることを紹介します。実際に、一部精神的なストレスには仏教の智慧が有用であろうと思っています。
 医療も仏教も、人間の「四苦(生・老・病・死)」を共通の課題として取り組んできました。しかし医学が目覚ましく進歩し、病気の治療が進んでいくにつれて、日本の医療現場では仏教の存在意義は顧みられなくなってしまいました。
 ただ、医学は病気を治療することで老病死を少しは先送りすることはできますが、人間本来の老病死を避けることはできません。これに対して仏教は、人間の老病死を受け止め、受け入れるために仏の智慧が貢献できる可能性があるのです。
 日本は一般的に仏教国と言われていますが、現実はそうではなく、科学的合理主義を信仰しています。そのために両者の協力関係が実現できていません。
 受講後の学生の感想文を読むと、その9割以上が「仏教の話を初めて聞いた」「医学と仏教が共通の課題に関わることを初めて知った」と記していました。
 病気を治療する側の医療従事者の存在は、県民の健康増進に大きく貢献していると思います。望むらくは、医療に関わる人が病気だけでなく、病人にもっと寄り添って欲しいということです。
 近年は「総合内科」「総合診療科」といった診療科で、患者を全人的に診察する知識・技能を持つ専門医が生まれています。
 今後は「老・病・死」という人生全体に心配りのできる医療者が増えて、仏教者(宗教者)とチームを組み、患者の苦悩にもっと寄り添える医療現場になって欲しいと願っています。

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