「今を生きる」第388回   大分合同新聞 令和2年10月5日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(214)
 今年の仏教関係のカレンダーの標語に信國淳(1904-1980)の「人間は死を抱いて生まれ、死をかかえて成長する」がありました。
 私が大学を卒業した頃、日本人の平均寿命は男、70歳、女、76歳でした。その頃の人生について漠然と、60歳の定年まで働いた後に余生を過ごし、70歳すぎに死ぬというイメージを持っていました。60歳まで仕事に励み、定年後はゆっくり暮らして70歳過ぎに死ぬという人生観です。
 しかし、仏教の学びをしていると、71歳を過ぎた今、目、耳、鼻、体力の衰えなど身体的な加齢現象からは逃れられませんが、意識、心は学びの連続です。定年までには世間的な仕事は十分にこなし、生きる上の知識も学び尽くしているというイメージでしたが、現実には70歳を過ぎても気付き、目覚め、驚きがあり、今でも学び続けています。
 本来なら、これまでの実生活を通して疾(と)うに気づくべきだったという反省の思いもありますが、それとは別の学び続ける楽しみもあるのです。世間的な知識を増やし博学になるというよりは、仏の智慧に照らされて自分の愚かさを深く懺悔(さんげ)させられます。そして「人間とは?、人生とは?」ということを深く、広く考えさせられて、仏教との出遇いを喜び、「人間として生れて良かった、生きてきてよかった」という思いに心が温かくなり、しみじみとした味わいが湧いてくるようです。
 信国先生が言われた「死をかかえて成長する」ということ、「年を取るのは楽しいことですね、今まで見えなかった世界が見えてくるのです」という言葉が身に染みてそう思えるのです。師の言葉に「人生を結論とせず、人生に結論を求めず、人生を往生浄土の縁(人間として成長・成熟する機会)として生きる、これを仏道という」があります。日本人の現在の平均寿命は男81歳、女88歳です。恵まれたる長寿を「死への生」ではなく「仏となる生、浄土への生」に導かれて歩みたいものです。

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