「今を生きる」第393回   大分合同新聞 令和3年1月11日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(219)
 慶応義塾大学大学院の前野隆司教授はコンピューターや脳と心の関係の研究に加えて最近は幸福学の研究に取り組んでおられます。その中で「第2次世界大戦後の社会システムは環境破壊を引き起こして持続性に乏しい。現代こそ、経済成長中心ではなく『人々の幸福』を中心に考える経済に考え直すべきだ」と述べています。
 その幸福とは英語の「ハピネス(happiness」)ではなく「ウェルビーイング(well―being)」だと言うのです。この「ウェルビーイング」は、身体的・精神的・社会的に「良い状態」を表す言葉で、一方の「ハピネス」は感情的に幸せな状態、すなわち短期的な心の状態なので、幸せとは「ウェルビーイング」であると言っています。
 研究の成果として、幸せな人は不幸せな人よりも寿命が7〜10年長いという結果が出ているそうです。また、幸せな人は免疫力が高くなるので、「健康に気をつける」のと同じように「幸せに気をつける」時代がやって来た、と紹介されています。
 感情的な幸せ、不幸せは一時的な心の状態なので、自分の周囲の条件で変化します。幸せは「楽」ですし、不幸せは「苦」です。だから、私たちは不安や苦から楽を目指すことを志向しています。
 私自身の歩みを振り返ってみても、苦から楽に向かっていたよういに思います。しかし、「禍福はあざなえる繩の如し」のことわざのように苦楽を繰り返して、今までその世界から一歩も出ることはありませんでした。仏教は、そのことを「人生苦なり」と言い当てているのです。
 前野氏の「幸せに気をつける」という表現に私は違和感を持ったのは、幸せはさまざまな事柄の結果で、物事の原因ではないと考えていたからです。しかし、幸福学の研究では、幸せな心の状態「wellbeing」にあれば人は利他的(他人の為に何かをする)になり、創造性が高まり、生産性が高まるそうです。逆の因果関係もあるので、利他性・創造性・生産性が高いと人は幸せになります。幸せは原因にも結果にもなるのです。
 「ウェルビーイング」は身体的・精神的・社会的に「良い状態」というのはWHO(世界保健機関)の健康の定義で使われている表現です。次回は、仏の智慧と慈悲のはたらきと「ウェルビーイング」の関係について触れていきます。

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