「今を生きる」第394回   大分合同新聞 令和3年1月25日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(220)
 「ウェルビーイング(well―being)」とは健康の定義に使われていて、身体的・精神的・社会的に「良い状態」を意味する言葉です。1980年ごろから幸福学の研究が進み、1人当たりのGDP(国内総生産)と幸福度の関係を調べています。GDPの増加によってある程度までは幸福度も増えますが、ある一定量以上になると幸福度はさほど上昇していません。経済成長期にある国では、経済的成長によって個人は幸せになれます。しかし、日本のような定常(低成長)期の国では、他の要因を満たさないと幸福度は向上しないようです。
 確かに身体的健康、経済的安定、衣食住の安定的確保は「よい状態」には重要な要因です。それらは量的には評価ができますが、あくまで相対的なものです。どのレベルで「よい状態」を感じるかは各人の価値観・人生観に大きく影響されます。
 慶応大学の前野教授は量的要因ではなく、質的な因について検討をされています。1500人の日本人に「幸せの心的要因」についての86の質問して、その分析から得られた幸せの4つの因子を紹介しています。(1)「やってみようとする自己実現と成長の因子」。やりがい、強み、成長などに関係していて。その反対に「やらされ感」が強く、やる気がないような人は幸福度が低い傾向にあります。(2)「つながりと感謝の因子」で、「ありがとう因子」と言えます。感謝する人は幸せです。また、利他的で親切な人や多様な友人を持つ人は幸せです。逆に、孤独感は幸福度を下げます。(3)「なんとかなると考える前向きと楽観の因子」。前向きで楽観的、細かいことを気にしすぎない人は幸せです。(4)「独立と自分らしさの因子」。他者と自分を比べすぎる人は幸福度が低い傾向があります。「ありのままに」と考え、自分軸を持って我が道を行く人は幸せです。
 ギリシャの哲学者が人間は教えてもらわなくても皆「幸せ」を目指して生きていると言い当てています。いわゆる定年退職後や次世代に仕事を引き継いだ高齢者は、多くの人が「幸せ」を目指しながら老病死に向き合うことになります。その「老い」を生きる過程で「幸せの心的要因」をいかに向上させるかが重要になります。科学的思考で苦楽、快不快など表面的な質を問題にすることはあっても、人生の質的な思考は苦手の人も多いように思われます。仏教にはその質的思索の蓄積があるのです。

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