「今を生きる」第431回   大分合同新聞 令和4年11月21日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(257)
 医学・医療では老病死を先送りすることを最優先に考えますが、老病死を受け止めて生きる道は教えてくれません。アンチエイジングとは、「抗加齢」を意味し、加齢による体の衰えをケアして、いつまでも若々しく生きることを目指す言葉です。
 私が50歳の時、80歳の伯父に、「50歳になったけど気持ちは30歳の時とほとんど変わりません。伯父さんは80歳になって気持ちはどうですか?」と聞いたら、「お前と同じだ」と言われたのが印象に残っています。その私も73歳になり夜間にトイレに目覚めたり、目や耳の衰え、下肢の不調を感じ、昨年の九重登山でミヤマキリシマを見た頃まで健康を誇っていたのが夢のようです。まさに「少年老いやすく学成り難し」で、若々しく長生きを目指していてもあっという間に時間だけは経過しました。
 老いという事に示唆を与える「四十にして惑わず、五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)う、七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず」は有名な『論語』の言葉です。
 明治時代の学僧清沢満之は「天命に安んじて人事を尽くす」という言葉を残しています。仏教者の住岡夜晃は「宿命を転じて使命に生きる、これを自由といい、横超という」の言葉を残されています。清沢師は結核のため39歳で亡くなり、住岡師は腎臓病によって54歳で亡くなっています。
 天命や宿命という言葉は、自分の置かれた境遇や病・死を受け取る態度を表しています。小賢しい私だったら、「自分の境遇に人事が尽くせないのは時代が悪いからだ、あの人が協力してくれない。何でこんな病になるのか。金がない」などなど、愚痴の言葉を並べるかもしれません。人事を尽くす前に気持ち的に愚痴で潰(つぶ)れてしまうでしょう。
 本当に「今、ここ」で人事が尽くせるのは、私に与えられた境遇を「天命や宿命である」と受けとることです。このように、その場所で精進できるように導く教えが仏教です。人事を尽くす心情の背後には、「結果(死ぬことも含めて)は神仏におまかせ」ということが実現しているのです。

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