「今を生きる」第444回 大分合同新聞 令和5年7月31日(月)朝刊 文化欄掲載
医療文化と仏教文化(270)
私たちがよっている思考は外の事象を善悪、損得、勝ち負けなどで考える「相対的分別」です。意識というのは自分の思考の問題点には気付かないものです。仏の悟りは、私たちがより所としている思考の問題点を指摘します。私たちは自己中心的に外側を見ていますから、その問題点を知らされれば驚き、それは目覚めにつながると思います。
前回の稿で「知の思考」の問題点を指摘しました。それは人生の真実に触れている人が周りにいたとしても、知を重んじる目では日常にきらめく叡智の人には気付かないということです。叡智を問題にした心理学者のユングは、真実への目覚めは市井にあって、自らの人生を生き抜こうとする人々との対話の中で実現されたと言っています。
萩女子短期大学の名誉学長だった故河村とし子はキリスト教の家庭で成人しましたが、戦時中に山口県の夫の実家へ疎開。義理の両親と同居する中で妙好人のようなしゅうとめの影響を受け、仏教の智慧に感化されたそうです。戦死や病死で子どもを失っても決して暗くはならず、学問はなくても「ないものを欲しがらずに、あるものを喜ぼう」というしゅうとめの生き方に触れ、いつの間にか念仏者になったといいます。
岩手県沢内村(現西和賀町)の病院で長く院長を務めた医師増田進さんから以前、手紙である出来事について教えていただきました。昭和40年代後半のことで、がんを患った50代女性患者にまつわる話です。
彼女は元気になると信じて頑張っていましたが、自宅療養中、ふとしたことから夫と口論になり「お前はがんでもう治らないんだ」と言われたのがきっかけで地獄の思いに落ちました。増田さんからの説明に納得したように見せても元気は失われ、やがて病状が悪化して入院。「目を開ければ鬼が来る、目をつぶれば地獄が見える」と訴えて職員は対応に苦慮しました。すると、近くの病室にいたおばあさんが彼女のもとへ足しげく通い「死ぬのは怖くないよ。念仏をとなえなさい」と繰り返し言うのです。そのうち、おばあさんの言う通りに念仏をとなえるようになると表情は穏やかになり、笑顔も見せるようになりました。そして、安らかに永眠しました。
手紙には「田舎で長く暮らしていますと、ここの人々の生死に対する達観といいますか素直さを感じます」と書かれ、最後は「本当に尊敬する村人がいたものです」と結ばれていました。
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