「今を生きる」第448回   大分合同新聞 令和5年10月9日(月)朝刊 文化欄掲載

医療文化と仏教文化(274)
 私たちの人生にはいろいろな問題があります。人間関係、家庭や職場、社会、経済などに関する問題、戦争…。しかし、仏教では人生で一番大事なのは「私が」問題だというのです。
 日常生活で、私たちは「私が」ということは全く問題にしていません。家庭や社会生活での「私の」直面する問題を解決しようと、朝から晩まであくせくと取り組んで、忙しい忙しいと言っています。しかし仏教の基本は、そんなこと一つも問題にしないのです。ただ一つ「あなた自身が」問題だと教えるのです。私の問題にする日常生活のいろいろな問題の解決は、仏の智慧の応用であり、二義的なことだとしています。日常生活の種々の問題に取り組むあなた自身はどういう存在か。「私が」という問題が分からなかったら、人生の問題の根本的な解決はできないと仏教は教えています。
 私たちは自分の直面している問題の方が、自分の問題(「私が」を問題にすること)より大切だと思っています。だから仏教のいう一番大事な「私が」の問題は、問題にしないか一番後回しにしています。
 新型コロナウイルス感染症は第9波を迎えています。どこまで増えるか心配です。コロナワクチンは最初の頃に比べると感染予防の効果は低下して、インフルエンザの予防接種と同じぐらいの効果になっています、そのため感染予防と重症化率低下の効果を期待して、高齢者や基礎疾患のある人には接種を勧めています。医学教育を受けた者として私は、予防接種を受けていますし、接種を勧めています。
 しかし、ワクチンや薬剤には100%安全というものはないようで効能書きには副作用が必ず示されています。国は総力あげて国民の命を最大限守ろうとする一方、国民の多くの個人的感情の本音は、自分と個人的縁者の命を守りたいのです。統計学的にコロナのワクチンで多くの命が守られた事実はありますが、副作用は少ないながらも必ずあり、それが原因で亡くなられた人もいます。
 人体を対象とする医学・医療は未知の領域も多く100%安全・確実というものはありません。そのために国と個人の意向の両方を満足させることは出来ないのです。そこが「私が」と「私の」問題に関係するのです(後半へ続く)。

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