「今を生きる」第472回 大分合同新聞 令和6年11月25日(月)朝刊 文化欄掲載
医療文化と仏教文化(298)
患者の医療・ケアの一環に、「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング=ACP)というのがあります。これは、自らが望む、人生の最終段階について、前もって自身で考え、家族や医療・福祉チームらと繰り返し話し合い、意思決定をする取り組みのことです。
最近、夫婦2人暮らしの婦人から「夫の認知症が進んで世話ができなくなったので施設に入所させたが、その後について悩んでいる」という医療相談を受けました。これまで自宅で介護をしてきたそうですが、今ではもう意思表示もできなくなったといいます。
彼女は、不自然な延命を望んではいませんでしたが、県外にいる娘2人から「延命処置をして長生きしてほしい」と言われたとのこと。私は「自然な経過を尊重する―でいいのではないでしょうか」とアドバイスしました。その後、娘さんたちの希望が強く、それに沿うようにした、との連絡を受けました。
1カ月後、種々の治療(救命・延命)をしたものの、病状が悪化して亡くなられたそうです。
こういう時のために、「人生会議」を勧めています。ただ、方針が決まった後に本人や家族の意思が変わることもあるので柔軟な対応が必要です。また、直近の意向が尊重されますが、老病死が迫るのは皆さんにとって初めての経験であり、予測がつかないものです。そのため、考えや思いが病状の進展によって変化する可能性もあります。
会議は主に、家族と医療・福祉関係者でなされることが多く、科学的合理思考が優先されます。この場合、量的思考(延命ということ)には適しているものの質的な思考がないため、そのまま決めても大丈夫だろうかという懸念を抱いています。人生の最後をどう生きるか方針を考える時、質的な哲学・宗教的思考を持つ宗教者の参加を検討してほしいと願っています。
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