演題「今、力強く生きる道」 講師 佐藤第二病院(宇佐市) 医師  田畑正久

平成17年8月23日 第15回 暴力追放・銃器根絶 大分県民大会 講演録
主催:財団法人 暴力追放大分県民会議

はじめに
  皆さん、こんにちわ。今日は、こういう講演の機会を頂きまして、本当にありがとうございます。 医者の不養生で風邪を引きまして、ちょっと途中で咳をするかも知れませんけど、お許し下さい。
今日は、大きな主題「暴力追放・銃器根絶 大分県民大会」と私の話の内容が、ちょっとそぐわないかも知れませんが、主催者が「良い」と言うことでしたので、「今、力強く生きる道」と言う演題でお話しさせていただこうと思います。
ただ今、ご紹介いただきましたように、大分合同新聞に隔週ですが、月曜日の文化欄に「今を生きる」という題で書いておりまして、丁度、一年過ぎまして、二年目に入っております。もし、大分合同新聞読んでいる方は、月曜日に書いておりますので、ちょっと目を通して頂いたらと思っております。
   自己紹介は、先ほどご紹介していただきましたけども、私はまだ56才で、定年までまだ時間はあったのですけども、55才で、ちょうど10年間、院長の仕事をさせて頂いて、今日、ご出席の照山国東町・町長さんにご迷惑をお掛けして辞めさせていただいて、一医師として働いております。
  私は学生時代に仏法の先生(細川巌、福岡教育大学教授、化学)に出会って、お育てをいただきました。先生は「世間の仕事は、余力を残して辞めなさい。後生の一大事の解決がついてないで、どうしますか。」と言われていました。そういうことを学生時代にお聞きして育ってきたもんですから、私はこれから「医療と仏教の橋渡し」の仕事をしたいと考えて、少し激務からちょっとゆっくりしたところに移らせて頂いています。  
   仏教の智慧で次元が高くなる
  今日は医療と仏教の橋渡しということではありませんけども、「今、力強く生きる道」と言う題で、仏教的な視点と言うものを通しながら少しご紹介したいと思います。私達が世間で生活している視点と仏教の智慧の視点というのは、どういう違いがあるのか、ということを紹介しますと、数学で言いますと、一次元というのは、一本のロープの上のような生活、ロープの一本の線の上を一次元と言います。
  それが二次元になると今度は面になる訳です。一次元と二次元でどう言う風な違いがあるかと言いますと、一本のロープの上を綱渡り的に行ったり来たりするとすると、こちらの端ともう一方の端から、人が歩き始めると、二人は必ず出会います。そこでぶつかり合うとすると、もう避ける余裕がないですからケンカが起こります。そうすると、勝つか負けるかしかないわけです。
だけども、二次元という世界では平面の世界ですから、ぶつかり合いそうになりますと、「あなたはあなたの道を行きなさい。私はちょっと避けて道を譲ります。私もあなたもちょっと避けて、お互いに道を譲り合いながら、またお互いに道に戻って進んで行く。共に生きる」と。
  次元が低いと「勝つか、負けるか」「損か、得か」としか思えないものです。少し余裕のある次元を持ちはじめ、仏教の「智慧」の次元を持ち始めるとね、勝ち負けじゃなくて、勝ち負けを越えてですね、今まで 思わぬ解決の方法が出てくるわけです。ちょっと避けて「あなたも生きて行きなさい。私も生きて行きますよ。」、こういう風に私達が世間で生活をして行く上で、少し余裕が持てる次元が、一つ仏教ではないかなと思います。
   今を全身で受け取れない
  「今を力強く生きる」という演題を掲げさせて頂きましたが、私達はこの「今」というものが、なかなか受け取れないのです。
  どうしてかと言いますと、この「いま」と言うのは、一瞬しかないのです。だから「今」と言ったときは、「い」は過去になっています。
この「いま」がなかなか受け取れない例をちょっとご紹介しますと、ある家庭で、高校生が「お父さん、もう、高校に行っても勉強について行けないし、お友達も出来ないから、高校辞めたい。」と、こう言ったらしいのです。
そしたら親がね、「今ごろの時代に高校ぐらい出とらんで、将来どうするか。」と、 こう答えたそうです。娘さんは「今、辞めたい」と言ったら、親は、「明日どうするか」 と応えた。それぐらい私達はこの「いま」と言う問題が受け取れず、いつの間にか「明日」が目的になって。そして、「今、今日」を明日のための手段とか方法の位置についつい思ってしまうんです。
このことについてフランスのパスカルという方が、皆さん方、中学の時に「パスカルの原理」というのを習ったことを思い出すことがあると思いますが、このパスカルさんはクリスチャンでした。パスカルは「パンセ」という本の中で、こんなに書いてます。「私達は、いつの間にか明日が目的になっている」、「明日こそ幸せになるぞ」、「このことが解決ついたら、もうちょっと楽になるぞ」といって、いつも「明日こそ」「明日こそ」で、明日が目的であって、今日は明日のために頑張っておこう、辛抱しておこう、という風に、明日のための手段・方法の位置に「今日」がなっている。そしてこう言うのです。「明日こそ幸せになるぞ」、「明日こそ幸せになるぞ」と死ぬまで幸せになる準備ばっかりしている。 こういう風に私達は、いつの間にか明日が目的であって、「今、今日」と言う時間がなかなか受け取れなくなって来ている。
   持ち越し苦労、取り越し苦労
  そしてどういうようになっているかというと、「今」がなかなか受け取れずに、例えば、過去のことを、「あのとき、ああしておけば良かった」とか「私は、過去にあんな立派なことをしていたのよ」とか「社会的に高い地位にいたと自慢をする」、もう終わったことを、今、グジグジ言う、こういうのを「持ち越し苦労」と言うんです。
  その一方では、まだ来てない未来のことを、いろいろ心配して、今に持ってくるわけです。これ「取り越し苦労」と言います。私達の心は「今」に居れずに、過去や未来を行ったり来たりして「持ち越し苦労」や「取り越し苦労」でアッと言う間に時間が過ぎる。50年過ぎた、60年過ぎた、70年過ぎた。そして、「ああ、もう後が短くなってきた」と、こういうふうになる。こういうのを仏教では「空しく過ぎた」と言う。私達がほんとに「今」を全身で受け止めて、生きて行くということができると、こんな素晴らしいことはないなぁ、と思うんですけど、私達は、いつも「取り越し苦労」「持ち越し苦労」で、なかなか「今」という時間を受け取り難くなっています。
   我を超えて無我へ
この「今」を受け取るコツは、どういうことかと言いますと、例えば、難しい話になるかも知れませんけども、自分の「我」と言うものを、「我」とはどう言うことかなといいますと、私にとって「損か、得か」、「勝ちか、負けか」、「善か悪か」と考えることです。こういうようなものを越えて、今、ここに集中する。例えば、もう過去の人になっているんですが、川上さん、野球の巨人の監督を以前しておりました川上さんが、現役の時に、「ボールが止まって見えた」と、こう言っています。まさに、そこに意識が集中するときに、「今」と言う時が無限に広がって「今」「ここ」に集中ができる。また私達が、どこか観光地に行きまして、素晴らしい景色に出会うと、「ワーッ」と、感歎、感動します。その時は、私達は、「無我」と言いますか、損・得、勝ち・負け、善・悪、そういうものを越えて、その場に一体となって、感動してるわけです。こういうふうに、その「今」という問題を本当に、受け止めて行くと、どういうふうになっていくかといいますと、面白いことは「今」が広がり、本当に充実していきます。そうするとどういうふうになるかというと。「死」というものを越えることができるのです。
   死の受容
死と言うものを越えることができる、ということは、これはなかなか難しいんですけ ども。曹洞宗のお坊さんで「中野東禅」と言う方がおられます。駒沢大学の講師をされておられた人ですが、この先生はいろんな人が死んでいく様を観察しまして、ほんとに悠々と死んでいった人たちを何人かピックアップしまして、死んでいった人、その人達は生きているときの生活態度、信条はどうだったのだろうか、と、こういうふうに、そういう「死」というものをも悠々と受け取っていかれた人達の生活信条みたいなものをズーッと調査しているのです。そして論文に書いています。
  そして、「死」というものを受容できる人達の共通点、ということで12項目挙げているのです。 その中で私は、非常に印象深いのが2つあるので紹介したいのです。 それは「今の充実」、ということが出来ている人達は死というものを越えることができる。「死を受容できる」と言っています。そしてまた「感謝」の世界を持っている人は、死というものを受容できる、と、こういうふうに論文の中に書かれています。そこに、「今に充実」というところが、非常に大切で、仏教の智慧の世界と通じてくるわけなのです。
  この「今の充実」ということが、なかなか私達は出来ていません。どういうふうになるかと言いますと、大きな病気をした、とか、だんだん歳を取ってきて、何かもう平均寿命を越えてきた、こういうふうになってくると、多くの人達は「死にたくない」とか「長生きをしたい」と、こういうようなことを言うようになってくるのです。でも、この「死にたくない」とか、「長生きをしたい」、ということの背後にある心はどうなのか。私達、医師はそういうのはなかなか分かりませんから、「まぁ、未練がましい人だ」、とか言って、傍観者的に言いますけど。 
   「死にたくない」の意味するもの
  ある真言宗のお坊さん、古川泰龍というお坊さん、この人は、熊本の方で、産業医科大学の哲学の非常勤講師もされておられました。この先生が本(「死は救えるか」地湧社)の中で、「死にたくない」とか「長生きしたい」と言うのは、こういう意味があるのだと書いています。 私は、今、生まれから死ぬ、という有限の時を生きている、本来ならば、「死なない命に出会ってしかるべきなのに」、「死のない世界に出会ってしかるべきなのに」、何か有限の命のままで終わろうとしている、何か分からないけれど、出会うべきものに出会ってない、死なない命に出会ってない、とこういう意味なのですと。仏教の言葉に、「無量寿」という「無量のいのち」と書いて「無量寿」と、こういう言葉があります。仏さん、阿弥陀仏のことを無量寿とか無量光という表現をしますけど、この無量寿という「永遠の命」に出会いたいのだ、と言うことが、「死にたくない」とか、「長生きしたい」、とか言う人の心の背後にある「思い」なのだと。その人たちは気付いてないかも知れない、だけど無意識に、死にたくない、長生きしたい、と言うことは「死のない命」、「死なない命」に出会いたいのだと、こういうのです。
  私、大学の哲学の先生が書いた本を読んでおりましたら、やはりそんなに書いてありました。「死にたくない」と言うのは、「死なない命に出会いたいのだ」、「死のない命に出会いたいのだ」、ということなのだと。
  私達は、そう言う仏教的な智慧の世界に出会うということを通しながら、そういう、大きな世界に出会えたときに、自然と、私は今、ここで「良かった」と言う感動を頂くのです。そして今の充実へ導かれるのです
  そうすると、どういうようになるかというと、今の充実が感じられると、命の長い短いには捕らわれなくなってきて、ほんとに「今」に全力投球、完全燃焼できるようになる、と教えてくれるのです。この「今」に全力投球ができると言うことが、1日、1日を大事にする、ということなのです。
  この「今」を大事にする、1日、1日を大事にする、ということは、どうしたらできるか、と言うことは、多分、皆さん方も、私も、苦労しているわけですけども、そこに、ほんとに「今、今日を大事にする」と言うことは、「今」に全力投球できることなんです。私は、生涯教育とか、そう言う公民館なんかでお話を頼まれた時に、言うのです。「死ぬ練習をしたらどうでしょうか」。
   死ぬ練習
  朝、起きたときに今日の命が与えられた。手が動いた、足が動いた、今日の命が与えられた、南無阿弥陀仏。精一杯今日の命を生きさせて貰います、と言って、今日を生きる。 そして、今日休むときに「今日は、これで私は死ぬんだ」と思ってそこで死んで逝く(眠るということ)と。 場合によってはそのまま冷たくなるかも知れません。でも、そういうように、朝、今日一日のいのちの誕生としてめざめ、夜布団に入るとき死ぬ、やすむときに今日のいのちが死ぬのです。 こういうように1日1日を大事にする、という受け取りを通しながら、私達は、ほんとに「いきいきと生きる」ということが実現できるのです。
その例をちょっと紹介しますと、加賀乙彦さんというキリスト教の人で、精神科の医師がおります。この方は今は、作家として活躍しておられますけども、この加賀乙彦さんが、若いときに興味深い研究をしているのです。どういう研究をしているかと言いますと、まず研究のきっかけは、ある時に刑務所の嘱託医みたいな仕事で刑務所に行ったらしいのです。そしたら、そこである患者さんが「お腹が痛い」と言ってきたから、診察をしようと思ったら、この患者さんがニコニコしながら「お腹が痛い」と言うわけです。「お腹出してみなさい」と言ってお腹を診察しようとしたら、「いや、先生、頭が痛いんですよ」と。なんか、言うことと体の訴えが、もう、ちぐはぐで、どうもおかしい。そしたら、そこの看守の方が、「先生、この人はね、死刑判決を受けているのですよ」と、こう言った。そこで加賀乙彦さんは「死刑囚の心理とは、どういうものだろうか」と思って、研究をされているのです。これと同時に無期懲役の人達のことも調査しているのです。
  そこで加賀乙彦さんは、死刑囚の人達、50人に面接をして調査をされたそうです。毎日そこに面接に行くと、その棟は何かものすごく賑やからしいのです。刑務所の規則ではみんな個室で静かにしていなければならないことになっているそうですが、しかし、歌を歌ったり、お経をあげたり、隣同士で、ワイワイ、ガヤガヤ、ものすごく賑やかだそうです。
  たまたま、当直をして、朝、行ってみた時があったそうです。朝7時ぐらいに行ったら、シーンとしている。あんなににぎやかだったのにどうしてかなと思って聞いてみたら、「先生、日本では」、今は、どうか分かりませんよ、「死刑執行されるのは、その日の朝の7時から7時半の間に宣告を受けるのです」と。
  だから、みーんな、「今日は自分の番かも知れない」と思って、みーんな、固唾を呑んで、じーっとしているのです。そして7時半を過ぎた途端に、ワーッと賑やかになっていくのです。
   刑務所ボケ
  そこで、今度は無期懲役の人達はどうだろうか、というので、千葉県の方に無期懲役の人達を集めているところがあるらしいのです。そこに行って、今度は無期懲役の人達を100人面接をされています。そこでは、死刑囚の人達と違って、ものすごく静かだそうです。みーんな、従順で、言うことを良くきくというのです。
  ある時、ふたチームに分かれてソフトボールの試合をしていたのだそうです。そしたら1人がいい当たりをしてホームランを打ったそうです。しかし、味方チームの人も誰も拍手をしないというのです。そして、トン、トン、トンと1塁、2塁、3塁と回って戻ってきて、何かもう、腑抜けみたいというか、生ける屍のごとくに、活気が無いというのです。 加賀乙彦さんはこの活気のない人たちを、ぼけ症状に似ているので、こういう人達のことを「刑務所ボケ」と言うネーミングをしてます。
  そこでもう一つですね、東京で面接をした人が、裁判で無期懲役に減刑になったそうです、それで千葉の方に移って来たのだそうです。そしたら、この人はこっち来て1週間もせんうちに、あんなに賑やかな人がボーッとしてきたそうです。そこで加賀乙彦さんは、こう言うのです。死刑囚の人達は、常に、「明日、死ぬかも知れない命」を生きているから、残された時間が、ものすごく、濃縮されてあるんじゃないだろうか。無期懲役の人達は、死ぬまで保証されているから、そこに「まだ、大丈夫だ」「まだ、大丈夫だ」という中に、生きることに活気がなくなっている、と考察されています。
  しかし考えてみますと、私たち現在の日本の、物の豊かさが実現でき、国民皆保険、社会福祉がそこそこに実現できている、この国は、刑務所の内か、外かの違いはあるけど、みーんな「わしゃ、まだ大丈夫だ」といって、「無期懲役と同じような状態かも知れないな」と思うこともできます。意外とほんとに「明日死ぬかも知れない命を生きて行く」と、いうことの中に生きることが、耀いていくんじゃないだろうか、ということをこの加賀乙彦さんは言われているのです。
   見える命は見えないいのちに生かされている
仏教はでどういうふうに言うかといいますと、私たちの存在は、ガンジス河の砂の数ほどの「因や縁」によって、私たちは生かされている、支えられている。そして、一刹那(せつな)ごとに、生滅を繰り返している、とこういうのです。 このことは、医学的、生物学的に「代謝」と言うメタポリズムと言う考えからいきますと、この、一刹那ごとに、生まれては死に、生まれては死に、ということを繰り返していることが十分に頷けるんです。私達のこの骨ですら、2年もすれば、分子レベルでは入れ替わりがあると言います。私達は、見た目にはね、同じじゃないか、と思うかも知れないけど、形やメモリーというか、記憶は同じかも知れないけども、分子レベルでは、入れ替わっているわけです。
こういうように仏教的な、このガンジス河の砂ほどの因や縁によって、私が、生かされている、支えられている。そして、一刹那ごとに生滅を繰り返している、という形であるのだ、と仏教は教えてくれいるのです、ということは、私達は、まさに生まれては死に、生まれては死に、ということの繰り返しているのだ。 そこから教えられることは、どういうことかと言いますと、「常に、死に裏打ちされて私達は生きているんだ」、ということは、死刑囚の人達と同じような「あり方」をしているんだ、というのが、私達のほんとに仏教で見えた、智慧で見えるあり方なのです。それを私達は、いつの間にか、自分で「わしゃ、まだ病気しとらんから大丈夫だ」と、こういうようになります。
私が、今、受け持っている患者さんで、今年80歳になる中学校の数学の先生をしていた患者さんがいます。よく来られますのでいろいろ話をします。そして時には仏教の話題などを話すわけです。 この先生、少し仏教に興味持ってきたかな、と思って、私が「先生、仏教の勉強を少ししてみませんか」と、こういう誘いをかけたのです。そしたら、この80歳の数学の元先生は、「わしゃ、まだ早い」と、こう言うのです。「エッ、先生」、これ言わなかったんですよ、でも、内心の声はね、「男の平均寿命は78歳で、もう遅いんじゃないか」、と思うのに、80歳になって「わしゃ、まだ死ぬのは先だ」と、こう思っているのです。
   死に裏打ちされた生
  本当は、明日死ぬかも知れない命を一日一日生きとるんだ、と受け取る中に、私達の「生きることの輝き」というものが出てくるのですけど。ここ辺のところ、私達のこの理性とか知性と言う分別はですね、「私は、そんなに病気をしてないから、大丈夫だ」「まだ元気だから、大丈夫だ」と、こう言いますけども、私自身のことで言えば、つい最近、同級生が大分市内で、ドクターをしておりましたけども亡くなりました。 私たちの親の世代が亡くなるというのは、もう、ありふれたことだったのですが、だんだん、自分と同世代の人達が亡くなって逝くという情報が時々入ってくるようになっています。 そうしますと私達は、ほんとに「いつ死ぬかも知れない命」を生きているのだ、ということをほんとに自分自身のこととして思わせて頂きます。
  そうすると、私にとって、何が大事で、何が大事でないか、ということの整理をしていかないといけないなぁ、と、こういうように思うようになってきました。そういう意味では、「朝起きたとき、今日のいのちが誕生した。今日休むとき今日の命を死ぬ」という、そういうふうな一つの区切りつけるということが、私達は、「今」をほんとに「輝いて生きる」と言うことになっていくんだ、と思うことです。
   今、今日しかない 
  この「今」ということの大事さというものが分かって来たら、面白いことがあるのです。どういうことかと言いますと、「死を越える」ことができるのです。死を越えることができるんです。これはギリシャの哲学者がこう言っています。 「生きているうちには、絶対、死なない」。そうでしょ、皆さん。生きているうちには、絶対、死なない。そして「死んだら、死なんて考えない」と、こう言っているのです。 私達は、死が怖い、とか、死を不安に思ってしまいますが、全部、これは「取り越し苦労」なのです。
  「今」が受け取れない、「今」に集中できないで、いつも取り越し苦労、持ち越し苦労を生きている人達は、死が不安になるのです。それが、「今」に全力投球、完全燃焼ができる世界を持つことの出来る人は、明日についての取り越し苦労はなくなり、何が出てこようと受け取って、取り組んで行こうになるのです。
  今の大事さを受け取れる者は、まさに「生きてるうちには絶対死なない」「死んだら、死なんて考えない」、で、死の取り越し苦労を超えていくのです。これはある意味では「悟り」の表現に近いのです。これが分かると、私達は死ぬ心配をしなくても良くなるんです。でも私達は心配をします。それは、取り越し苦労、持ち越し苦労、という、私達の分別、物事を向こう側に見る、対象化して考える訓練を、ズーッとして来たもんですから、知識はあるが、仏教の智慧がないのです。
   対象化 
  学校では客観性を重んじる思考の訓練をしてきたために、仏教の「智慧」の世界と接するという機会が少なくて、智慧を学ぶ機会がほとんどないので学ぶ機会がなくなっているのです。 私は、この仏教的な智慧と言うものが、現代社会の中でほんとに大事だと思われるのです。 私達が学校教育で習うものは、客観性を尊重するあまりに、見える物だけが確かなものという思考の訓練を主にして習ってくるわけです。
そうすると、見えないものはいつの間にか「ない」と言う風になっていくわけです。 例えば、半年ぐらい前でしたか、ケニヤの副大臣でノーベル平和賞を受賞した人が、日本には「もったいない」という素晴らしい言葉の考え方がある。 この素晴らしい言葉を是非とも世界に広めたい。 環境問題には、こういう「もったいない」と言う考え方が、なくてはならないことである発言されているわけです。
 もったいない
  私も調べたことがあるんですが、この「もったいない」と言うのは、例えば、私達は、食べ物を、食べないままで捨てるのは勿体ないと言うわけです。 私は農家の出身ですので、そう言う教育を受けて来ましたから、食べもので、出されたものは何でも、美味しく食べるわけです。けども、だんだん肥満になってくるという課題を持つことになります。この「勿体ない」と言う言葉、考え方は、日本にはあって、外国にはないのかというと、ドイツ語とか英語には「勿体ない」という単語がないのです。単語がないということは、多分そう言う文化がなかったということでしょう。
この勿体ないと言う言葉は、私達は、例えば、お米を食べるときに、この米は、農業に携わった人達の働きがあり、流通業者の働きがあり、料理をしてくれた人達の働き、願いがあるのだ、背後にある意味を感じ取って、ご飯を食べると、そこに、自然と「いただきます」と言わざるを得ないようになってくるのです。しかし、私が稼いだお金で買ったのだから、どうして、「いただきます」と言わないといけないのか、こうなっていくと、その背後にある物語、意味が取れなくなっているのです。 いつの間にか私達、ほんとにギクシャクとして、そういう見えない世界が見えなくなってきているのです。
こういう、文化を背景に持つ言葉というのは、私達にはなくてはならない貴重なものなのです。私が東国東広域病院で仕事をしていたときに、こう言う人がいました。「先生、最近は、肥満の人と、高コレステロール血症の人が多いから、もう、「勿体ない」と言う考え方、やめてもらった方が良いんじゃないでしょうか」「健康のためには、勿体ないと言う考え方は、辞めてもらったらどうでしょうか」。これには一理ありますね。だけども、「もったいない」と言う言葉に込められた文化と言うものまで捨てると言うことは、ほんとに、勿体ないと思います。この、勿体ないと言う言葉を英語で訳すときは、どういうように訳するかと言いますと、例えば、「これを捨てるには、まだ良すぎる」「too good」「良すぎる」、「to throw away」「捨てるには、良すぎる」と、こう言う風に訳するわけです。だから、いろんな資源問題に関しては、この訳で非常に良いわけです。でも、こういうことがあります。「私の夫は、素晴らしい夫です。私には勿体ないような夫です」って、こう言う文章があったとき、その訳を使いますと、「私の夫は、まだ使える、捨てるには忍びない」と、こう言う訳になるというのです。それでは、この、「もったいない」の意味が伝わらないわけなんです。見えない物を表現するという文化の言葉があるのです。そこに、見えない世界が感じ取れていくということが、ほんとに、大事になって来ています。
   見えないいのちに支えられた命
  例えば、「いのち」ということについて、広辞苑を引いてみますと、2番目に、「寿命」と書いてあります。「ことぶきのいのち」と書いています。この「ことぶきのいのち」というのは、どういう意味かと言うと、「命」の方は「見える命」だそうです。「じゅ(寿)」の方は、これは「見えないいのち」、「無量寿」と言うことを示しているのだということです。
  「見える命」は「見えないいのち」によって支えられている、生かされている、願われている、こういうふうに、ほんとの私達の命のあり方は、「見える命は、見えない命によって支えられている」というのが、本当の私達の命のあり方だ、と、こういうわけであります。
そう言う見えない世界が見えて来る、感じる心を持つようになると、本当に私達は、「力強く生きる」ということに導かれていくわけです。
   いきいき生きるに二種類
  私達が本当に「いきいきと生きる」、「力強く生きる」という姿に、この「いきいき」に2種類あるのだと、ある人が教えてくれました。
  1つの「いきいき」は、「明日こそ幸せになるぞ」、「このことが解決できたら、もうちょっと楽になるぞ」と思って、いつも明るい未来を、目標を立てて、それを追いかけ、追い求めて行くという「いきいき」なんだそうです。 しかし、これは、先ほど言いましたように、パスカルが言うように、「明日こそ幸せになるぞ」「明日こそ幸せになるぞ」と言って、死ぬまで幸せになる準備ばっかりで終わってしまいますよ、と仏教も、同じように指摘するところの「いきいき」です。
  私達の現実は、「明るい未来」、「理想、目標」を立てて、それを追いかけるという姿のいきいきで生きてる人達が多いのです。でも、これは問題点が一つあるのです。私達は、「明日こそ幸せになるぞ」「明日こそ幸せになるぞ」と言って生きてる人達の心の内面は、「不足、不満」を生きてるということなのです。「今」に「不足、不満」だから、明日が欲しいわけです。
  今、ここで、「満足」、「足るを知る(知足)」という世界を持ち得たならば、「明日は「あってもよし、なくてもよし」と言って、「おまかせ」になるんです。それが、明日が欲しい、明るい未来が欲しい、と言うことは、今のあり方が「不足、不満」というあり方を示しているのですよ、と仏教は言い当てるわけです。そして、死ぬまで、幸せになる準備ばっかりで終わってしまいますよ。
 そこで、もう一つの「いきいき」とは何かと言いますと。仏教の「無量寿」とか「仏の命」とか「仏教の知恵」という、大きな世界に出会うことによって、何か、本当に、安らかな時間が持てる、本当に、「足るを知る」と言う時間が持てるようになってくるのです。智慧とか慈悲という仏教の世界に出会うことによって、本当によかった、「今、ここでよかった」という感動の時間を持てるようになるのです。そうしますと、この世界を、是非ともあの人、悩んでいる人に伝えたい、こんな世界の有ることを、知らないで苦労している人に伝えたい、という願いを持って、取り組めるようになるのだそうです。そうしますと、そう言う人達は足を知るという、不足不満とは反対の満ちあふれる感動、満足を持ちながら、願いを持っていきいきと生きる、と言う展開が起こってくるのです。
  私達はいきいきという姿で、一緒にみたいに思うけど、追い求める「いきいき」というのは、いつも心の内面が、不足、不満で、不足、不満、不平なんです。そして、本当に大きな世界に出会えたものは、そこに「よかった」と、足を知る世界をいただいて、是非とも、こう言う世界があることを、みんなに分かって欲しい、という願いを持っていきいきと生きる、ということになります。
仏教的な視点と、そうでない視点と言うのは、もう一つ別のたとえで言いますと、こういうことです。私達の世間的な知恵の世界では、「鬼は外、福は内」という視点なんです。どういうことかと言いますと、「私にとって困るものは、外に行ってくれ。福だけ集まってくれ」と、こういうことです。

で、私達は、自分にとって幸せなものを、幸せの条件を一杯集めて、「私は、私でよかった」と言う世界に出たいわけです。でも、実際ですね、「鬼は外、福は内」で生きておりますとね、あっちに出会うと、また、もう思うようにならない、こっちに行くと思うようにならない、結局、そう言うの私達は、出会うと、どう言うか、愚痴を言うようになるんです。外の条件が整わんから私は困っ
た、と、こう言う風になりますね。
  で、もう一つの生き方はねぇ、吉川英治が、「われ以外、みな師」と言っています。吉川英治と言うのは、あの作家でですね、もう、亡くなりましたけど、「われ以外、みんな先生だ」って言うわけですね。これ、どう言うことかと言いますとね、この世の中の出来事は、ぜーんぶね、私に何かを教えようとしてあるんだ、こう言う風に見るんだそうですね。これがね、道元禅師がですね、これがね、悟りの見方だ、と言ってます。
  ま、道元禅師のことは、ちょっと紹介する時間がありませんけど、一つ、ちょっとだけ、「自己を運びて、万歩を首唱するを、迷いとし、万歩を進みて、自己を首唱するを悟りとする」と、こう言ってます。どう言うことかと言いますと、私の意識があって、私の回りに、これは私の好ましいことだ、これは私にとって嫌なことだ、これは私の敵だ、これは私の仲間で、と言って、そう言う良いものだけ集めて、自分の良い人生を生きて行こうと、こう言う風に考えるものは、道元禅師は、これ「迷いだ」と言ってるんですね。そして、いろーんな出来事は、私に何か教えようとしてあるんだ、とこう言う風に見ていく見方を「悟りの見方」だ、とこう言っています。
  まさに、吉川英治がね、われ以外みんな先生なんだ、とこう言ってるんですね。こう言う風に、私達は、自分の回りに思うように動いてくれない人、いつも私にとって、もう頭に来ることばっかり言う人、こう言う人達が、みーんな私にとって先生なんだ、こう言う風にですね、そう言う視点を、私達は持ち得るようになりますと、この、生きて行くという形において、ほんとにですね、力強く生きていけるんです。この人生は、信頼に足るな、きっと何かを私に教えようとしてあるんだな。
  で、これはですね、吉川英治も言ってますし、道元禅師も言ってます。浄土宗の教えでも、浄土真宗の教えでも、そう言ってます。フラン、エーとですね、外国のフランクルと言う方もですね、こう言ってますね、同じことを言ってます。この、フランクルと言う方は、精神科のドクターでですね、ユダヤ人だったんですね。それでですね、第2次世界大戦の時に、エー、強制収容所に収容されてるんです。
  で、「夜と霧」と言う本を書いてます。で、この方はどう言う風に言ってるかと言うと、強制収容所に収容された時にね、「外のいろんな条件を、良いようにしていって、社会を良いように作っていくんだ」と言って、まさに、良いものを集めて、悪いものを、あの、除いていって、「良い社会をつくっていくんだ。人間の幸せの社会をつくっていくんだ」ち言うて、外の条件をいろいろ選んでいく人達ちゅうのは、強制収容所とかに入るとね、もう絶望しかない。そうすると、そう言う状況においては、もうガス室で殺される前に、みーんなつぶれていってしまうんですね。生きる意欲がなくなってしまう。でも、あの過酷な条件の中にあっても、「これは、きっと私に何か教えようとしてあるんだ」と、こう受け取れる人達が、やっぱりいたちゅんですね。こう言う人達はね、ガス室で殺されると言うことがない限りはね、たくましく最後まで生き延びていった。こう言う風に書いてます。
  そう言う意味ではね、いろんな出来事は、私に何かを教えようとしてあるんだ。われ以外みな師、こう言う風に見ていくって言うのが、ほんとうの目覚めた見方であり、悟りの見方だ、って言うことの共通点があるわけです。そこに私達は、すこーしですね、
考え方をちょっとでも変えてみてですね、そう言う、いつも嫌なことを言ってくれる人は、これ、好きこのんで嫌なこと言ってるわけではないんですよね。きっと、私に何かを教えようとして、役割を、嫌な役割を演じてくれているわけなんです。と、こう言う風に受け止めてくるとね、その受け止め方がね、私達は軽くなるんです。
  で、吉川英治は、「われ以外、みな師」と言ってますね。
  法華経の言葉にですね、「草木国土、悉皆成仏」と言う言葉があります。これどう言うことか、草と木ですね、「草木」でしょ、こく、国に土、「草木国土、悉皆成仏」と書
きます。
これはどう言うことかと言いますと、草も木も、国も、ぜーんぶ仏になる、と、こう書いてあるね。で、私達、学校教育をズーッと受けてくると、エー、あの草がどうして仏さんになるんかな、あの木がどうして仏さんになるんかなぁ、と言って、向こう側に見て考えているからね、なんのことか分からんなぁ、と思うわけですねぇ。でも、仏教の世界が見えてくるとですね、そう言う見方ではないんですねぇ。「あの草は、きっと私に何かを教えようとしてあるんだ」「この木も、きっと私に何か教えようとしてあるんだ」「このいつも嫌なことを言う人も、私に何かを教えようとしてあるんだ」と言う風に、「私の見方が変わった」ときに、相手がですね、仏になっていくわけです。菩薩さんになるわけです。向こうが私と無関係に仏になるんじゃないんです。私を教えるものとして出てきたときに、それは菩薩であり、仏さんなんだ、とこう言う風に言えてくるわけですね。だから「草木国土、悉皆成仏」て言って、私達は、あの、物理や数学の世界でねぇ、向こう側に見てねぇ、エー、この草が仏さんになるんか、なんて、「私」と切り離して考えては、全然分からないわけです。「このことが私に何か教えようとしてある」んだ、と言う風に、私の方が「受け取れる目」をいただいたときに、全てのものは、私にとって、何かを教えようとしてある存在なんだ、と、こう言う風に見えてきたときにですね、この人生はほんとに信頼するに足るな、そして「怖いものは、何もないぞ」、「いろんなものが出てきても、これは、きっと私に何か教えようとしてあるんだ」と、こう言う風に受け止めてくるときにですねぇ、「歎異抄」という本の中にはねぇ、ま、これ歎異抄は浄土真宗の教えですけどねぇ、「念仏者は、無碍の一道なり」と、こう書いてありますねぇ。
  本当に仏法が分かった世界は、この世に差し障りにあるものは何もない。ほんとに自由自在に生きていけるんだ、と、こう言う風に書いてます。私達は、こう言う風にですね、この、仏教的な知恵の視点がなくてね、自分の科学的な合理主義で、見える物だけ確かだ、と言う学校教育の中で、どっぷり、骨の髄までそう言う教育を受けてきますと、なかなか、そう言う見えないものによって支えられている、って世界が見えなくなってるんです。
  宇佐の方にですね、信国アツシって言う東本願寺の方の専修学園の院長先生を長くしていた先生が、もう20年前に亡くなりましたけども、この先生はですね、本の中でこう書いてますねぇ。「歳を取るというのは、楽しいことですねぇ。いままで見えなかった世界が、見えるようになるんですよ」ち言うわけです。私達は、なんか、こう、見えるものだけが確かだ、と思っていたけども、歳と共に見えなかった世界が見えるようになってきたんですよ、と、こう言うんですね。
  で、例えば、私達は、幸せと言う形を書くときに、これ、ちょっと大分合同新聞にも書いてあったんですけど、私達は「幸(サチ)」と言うことに「せ」と書きますよね。でもこれはですねぇ、これは当て字なんです。でも、この「さち」って言うことだけを考えてもね、私達は、幸せになるためには、幸せの条件が一杯、私の回りに整うと、「私は、幸せだ」と思い勝ちですけどもね、仏教的な視点は、そうじゃないんですねぇ。
  この、「幸せ」と言う字は、「私の回りに幸せの条件を集める」と言うことではなくって、これ、「さち」と言う字はですね、元々はね、「山の幸」「海の幸」と言う意味で、「めぐみ」と言うことなんです。と言うことは、「私の命は、ガンジス川の砂の数ほどの因や縁によって支えられている、生かされている」と言う世界が、私の命のあり方なんだ、と言う、そう言う「めぐみ」を本当に受け取れるようになってきたときに、私達はね、「よかったぁ」と言う世界がね、実現できるんです。
  それを私達は、そのことをいつの間にか、当たり前にしてしまって、そして、その上で何か良いものないかなぁ、何かプラスは、ないかなぁ、ち言うてですね、外側にいつも追い求めていくわけですね。
  で、「幸せを外の求めて、探した人は、1人もいない」、と言う言葉があります。以外と私達はね、外に幸せを追い求めてね、これが叶えたら幸せになるぞ、これが叶えたら幸せになるぞ、とこう言う風に思っていますけどね、これはね、明日こそ幸せになるぞ、と同じことなんです。「いまが、不足、不満と言う生き方をしてる」と言うことを示してることだけのことなんです。
  それをうたった言葉がですね、私は、「カールブッセ」と言う人のね「山のあなた」という歌は皆さんご存じかも知れませんけどね、あの歌がまさに、この言うことを言っているね。どう言うことかと言うとね、「山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う、我、人と留め行きて、涙さしぐみ、帰りきぬ。山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う」てね。
  大分におると、何か東京が良さそうだ、大阪が良さそうだ、ち言うて、向こうに行くと幸せになれそうだ、ち言うて行ってみるけど、ほんとにそんな、求めるような幸せはなかったち、また大分に帰って来た。でも、やっぱり何か、都会に行くと、何か幸せがありそうだ、と言って、まさにですねぇ、幸せを外に求めて見つからなかった、と言うことをねぇ、教えてくれてるのが、この「山のあなた」と言う歌ですねぇ。
  で、私達は、本当に私が良かった、と言う世界が見えるのはね、ほんとに「めぐみ」と言うか、「見える命は、見えない世界によって支えられている」と言う世界が見えてきたときに、ほんとに「良かった」、「足を知る」と言う形が出てくるんです。
  で、前、私が働いておりました東国東広域病院は、安岐町にあります。
  安岐町にですね、「三浦梅園」て言う、大分の賢人の一つで、図書館の方にもねぇ、掲示されておりますけども、その三浦梅園先生のですねぇ、展示が両子山の麓の方にありますけども、この三浦梅園先生は、こう言う歌を残していますねぇ。「人生恨むなかれ、人知るなきを。幽谷深山、花自ずから紅なり」と、人生恨むなかれ、ち言うのはね、自分の人生が、あの、決して皆んなから、有名になってチヤホヤされるってことがなくても、決して恨むことはありませんよ。「人生恨むなかれ、人知るなきを」。幽谷深山、ち言うのは、まさに両子山の麓のですね、あの谷間にね、サクラの花が、精一杯、サクラの花を咲かしてたらそれで良いんだ、ウメの花が、精一杯、ウメの花を咲かしてたらそれで良いんだ、ち言うことでねぇ。花、自ずから紅なり、てね。これはね、まさに、「私は、私で良かった」と言ってるわけです。
  で、私は、これ、あの、安岐町にですね、平成元年に赴任したときにね、 エー、床屋さんに入ってね、床屋さんで、たまたま、その、三浦梅園先生を紹介した小冊子が机の上にあいてあっ、置いてあったんです。それは、小学校、中学生用の、何んか紹介の分を、安岐町が作ってあったんですねぇ。で、その「人生恨むなかれ、人知るなきを。幽谷深山、花、自ずから紅なり」。この歌を見てね、私、ビックリしましたねぇ。すごい人が居たんだなぁ。で、私ねぇ、直ぐね、前の前の町長さん、エーと、エー、ちょっと、ど忘れしましたけどね、あの、梅園先生の研究家の方が居るんですねぇ。ナカオさんですかね。で、電話したんです。
  あの、あの歌は、三浦梅園先生のオリジナルの歌ですか。て、こう質問したんです。そしたらね、「いや、あれは、三浦梅園先生のオリジナルじゃありません」と、「多分、中国の方のどこかに出典があって、その歌に感動してですね、その歌をいろんな書に残されてるんですよ」と、こう言うお返事をいただきました。
  でもですね、私達は、どう言うところに居ろうとも、「私は、私で良かった」と言う世界を持ち得るものに怖いものはないわけですね。で、そう言う視点をですね、与えられるというのは、私は、こう言う仏教的な知恵の視点だなぁ、と思うんです。
  それを私達は、いつの間にか、「鬼は外、福は内」て言って、私の回りにですね、何かプラスの価値を一杯集めて、幸せの条件を集めなきゃ、なんか私は、満足じゃない、幸せじゃない、とこう思ってね、いつも外側にですね、そう言うものを追い求めて行くんですねぇ。
  これをね、私はね「ドーナツ人間」て言ってるんです。ドーナツ人間ちゃ、どう言うことか、と言いますとね、私の回りにね、ミ、ミ、この真ん中が空っぽなんです。そして、私の回りにプラスを一杯集めてね、「私も、そこそこのものだわ」と、思っていたものが、だんだん歳を取ってきて、「老」、「病」、そう言う問題が出てくるとね、ものを稼いでいたものが、年金生活になってきた。体力を誇っていたものが、だんだん歳を取ってきた。そうすると、そのプラスであったものが、だんだん少なくなってきますねぇ。そうすると気付くのは何かと言うと、真ん中の空っぽの姿に気付くんです。「私の心が耕されてなかった」と言うことに気付くんです。そして、何ち言うかと言うとね、「社会の条件が悪りぃ」とかね、「外のことが悪りぃ」って、文句を言うんです。
  で、意外と、私の同級生がね、中学校の時のクラス会をしたときにですね、こう言うんですね、大阪でずっと生活していたものがね、大分に帰ってきてね、こう言うんです。
「大分には、文化がない」っち、こう言ったんですね。で、私は、大分で生まれて、いま大分で生活してますけども、私は大分に住んでて、大分に文化がないと言うのは、いつも空っぽ、むなしさ、不足不満があって、いつも、私の周りにプラスを一杯集めなきゃね、満足できないんです。で、都会に行っとったら、何となく文化会があった、エ、
コンサートがあった、エ、講演会があった、ち言う形で、そう言うことと接点がある間は、何となく自分も「そこそこの人間だな」、たら、中津に帰ってきたらね、博物館がない、講演会がない、文化会がない。外の条件がね、なくなってきて、見えてきたものは「自分の空っぽの姿」です。
  そうすると、「自分の心が空っぽだ」なんて言えないからね、外が悪りぃ、と文句を言い始めるんです。これは「愚痴」って言うんです。
  で、私達はいつの間にか、こう言う、自分の内面を耕すと言うことを疎かにしている
ために、何か、そこに、ほんとに、見える命は見えない命によって支えられているとか、「さち」「めぐみ」と言うようなもの、こう言うようなものが、だんだん見えなくなってきて、そして、「見えるものだけが確かだ」と言う形の現代教育の中でですね、いつも、不足不満、不平を、まさに愚痴を言ってですね、生きざるを得ないような人生になっていくわけですねぇ。
  で、私はですね、一つは、「人間として成長する」て言うことが大事だと思うんです。
どう言うことかと言いますと、エー、論語の言葉を聞いてみますとね、「15にして学に志し、30にして立つ、40にして惑わず」。これが大事ですよ、「50にして天命を知る」てある。50にしてですね、私がこの世に生まれてきたことで果たす、使命、仕事が見つかった。50ですねぇ。いまは平均寿命が延びたから、ちょっとプラス5年ぐらい足しても良いらしいですけどねぇ。そして「60で耳従う」って書いてありますねぇ。
「耳従う」って一体何だろうか、と思って調べてみましたらですね、耳にするもの、目にするもの、世の中のことが良ーく分かるようになってきた、と言う意味だと。
  だから、50にして、私がこの世での仕事が分かってきた、使命が分かってきた、そして、60でこの世の中のことが良ーく分かるようになってきた。そして70がすばらしいねぇ。「欲するまま行動して、人間としての法を越えず」とあるねぇ。これ、分かり易く言うならばね、「自由自在に生きれるようになってきた」と言うことなんです。
まさに、自分の欲するまま行動して、人間としての法を越えず、まさに、自由自在にこの世を生きるようになってきた。
  そこに「いま」と言うものに、ほんとに充実してですね、ほんとに、今、いつ死んでもいい。ま、論語の言葉に「明日に教えを聞かば、夕べに死すとも可なり」と言うことがあります。これは、ほんとに、そう言う大ーきな教えに出会ったものは、もう、そう言う大きな教えに出会って、圧倒されてね、「参った」としか言いようがない世界に出会えたものは、ほんとに、大きな世界に出会えた感動というものをいただいて、ほんとに「よかったー」と言う世界があるんだ、と。そうすると、いまここで「よかった」と言う世界をいただくものは、「明日は、あってもよし、なくてもよし」。だから「明日に教えを聞かば、夕べに死すとも可なり」と言う世界が分かってくるんだ。と、こう言うことですねぇ。
  で、この論語がですねぇ、エー、70にして自由自在に生きる、とこう言ってますねぇ。信国先生は、「歳を取るち言うのは、楽しいことですねぇ。いままで見えなかった世界が見えるようになるんですよ」と。で、これ、一つはですねぇ、たとえば、エー、
私達、こう病院で仕事をしておりますとね、たとえば、「先生、歳を取って、何ーんも
良いことありませんねぇ」「腰が痛くなってきて、目がイタ、目が見えんようになってきて」とか、いろいろ、こう、自分ができなか、なかったったことを、いろいろ、こう言うわけですねぇ。
  でも、ほんとに知恵のある人はね、こう言うんですねぇ。その、できなくなったことは、事実、先生に言わないかんでしょう。だけども、たとえば、腰が痛くなることを通して、腰が痛くなかったことを当然と思い、感謝もしてなかった自分だったんだなぁ、と言う風に気付いていくんです。ほんとに、多くの世界に支えられていたんだな、生か
されていたんだなぁ、と、こう言うことに気付いていくんですねぇ。
  で、いま私が受け持っている患者さんで、百歳、この8月15日に百歳になったご婦人がおります。この方はですね、ちょうど私、1年前から受け持ちになりましてねぇ、エー、ま、そう言う気持ちを持ちながら、こう、受け持ってました。最初は、こう言うんですね、「先生、わたしゃ、もう長生きしすぎた」と、「早く昇天をしたい」、早く死にたい、ち言うんです。でね、ある時行ったら、「先生、先生」ち、こう言うんです。なに、って言ったらね、「先生、日本でも安楽死ができるようになったら、第1号でして下さい」ち、こう言うわけですよね。で、私はね、いや、あなた、そんなに死にたい、死にたいと言うけども、あなた1回心臓に聞いてみなさいよ、肺の方に聞いてみなさいよ、ほんとに、肺や心臓が死にたい、と言ったら、ときどき、サボリ始めるはずだからね、今晩、ゆっくりねぇ、相談してみて下さいよ。
  で、そんな会話しながら、しばらくしてね、どうでしたか。って聞いたんです。そしたらね、「先生、心臓も肺も死にたいと言っておりました」ち、こう言うわけですねぇ。だから今度はね、なるほど、なら、あなたそんなに死にたいと言うんだったらね、1回死ぬ実験をしませんか、と。一週間、絶飲、絶食にしたら、あなたの希望どおりに死ねるから。ただしね、途中でのどが渇いたー、とか、お腹が空いたー、て言い始めたら、あなたの頭は死にたいと言ってるかも知らんけど、体の方はね、まだ生き延びたいと言ってるのよ、ね、あた、頭だってね、勝手なことばっか言うから、あんまり言うこと聞かん方が良いよ、体の言うことを聞きなさいよ、てこう言うてですね、そう言う会話をしばらくするわけです。
  そう言うのに、なかなか実験を始めませんからねぇ、ある時、行ったらですねぇ、朝、その、足が不自由です、車椅子の生活ですけども、エー、リンゴを剥いて、朝、食事のとき、食べていたわけです。なかなか実験、始めんのねぇ、と私が言ったらですね、そしたら、「先生、手が勝手に動くんですよ」ち、こう言うわけですよね。
  で、あるときね、なかなか実験、始めんねぇ、ち、ま、人間関係が出来てから、ま、軽口言えるようになってきたらね、「いや、先生も実験に加わって下さい」っち。で、私がね、いや、私ゃ死にとうない、あなた死にたいと言ってるから、あなた勝手にしなさいよ、とこう言ってねぇ、そう言う話をしばらくしとってね、こんだ、こう言うね、新聞を読みながら、こう言うんですよ。まだ新聞、読めるんです、百歳でね。で、「先生、私みたいな高齢者が増えると、みんなに迷惑をかけるし、日本が滅びてしまいますね」と、こう言うんです。ワー、すごいこと言うな、頭もしっかりしてるなぁと思って
ね。日本が滅んでしまうと言うし、あなた、死にたいと言うから、ほんなら、もうあなた早く死んだらどう、って言ったんです。そしたらね、「先生、私1人死んでもしょうがないじゃないですか、みんな一緒に死ななきゃぁ」ち、こう言うんです。で、そう言うた話でね、もう、あなたねぇ、で、エー、この前、こう言う人なんです、先生、最近ねぇ、目が見えなくなってきて、これ、失明をするんじゃなかろうか、と非常に心配ですけど、どうでしょうかね、ち言うわけねぇ。イヤー、百年間ようもったち言うて、あなた、目に感謝、お礼言うたことあるの、って言うたら、耳も良いし目も良いし、時々お礼を言わなくっちゃね、って言った。そんなこと考えたこともありません、てこう言うんですね。
  やっぱり、そこに私達は、いつの間にか自分に与えられたものを当たり前になっていって、そこの、ほんとに「めぐみ」とか、そう言う見える命は見えない世界によって支えられている、と言うものが分からなくなってきて、そのことは当然として、そして、その上に、何か良いものないかな、ち言うて集めて回ろうとする限りは、老、病と言う現実にね、愚痴を言わざるを得なくなるんです。
  だけど、歳を取ると言うのは、楽しいことですねぇ、いままで見えなかった世界が見えるようになるんですよ、と言う形の中で、ほんとに「いま」を、ほんとに生きて行く、と言う世界が出てくると、そこにね、あぁ、ほんとに多くのものによって支えられていたんだな、生かされていたんだな、で、命のある限りは精一杯生きさしていただこう、とこう言う風にですね、いかなる境遇になろうともですね、その現実を受け取って生きて行くという世界が、仏教の知恵の世界をとおしながら、私はいただけるんだなぁ、と思うんです。
  やはり私達は、いつの間にか、この見えるものだけを頼りにして、いわゆる次元で言うならば、仏教の知恵の次元がない、勝った負けた、損だ得だ、善だ悪だ、って、こう言う風な形の中だけに振り回されていると、私達は、何か狭ーい世界でね、でも以外と現役の人達はね、俺りゃ世の中のこと分かってる、と豪語します。でもね、ほんとは見えてないんです、知恵がないんです。でも、そこにね、次元を越えた世界があるんだ、って言うことをですね、是非ともですね、皆さん方も、エー、何かの機会でですね、そう言う知恵という世界との接点を持っていただいて、ほんとに今、「いま」と言う時間を、ほんとに全身で受け止められて、そして「いま」に全力投球できる、そして、今を不足不満じゃなくてね、「足を知る」と言う世界をいただいて、ほんとに「願いを持って生きる」て言う世界があるんだ、と言うことをですね、是非とも、エー、どこかで気付いていって欲しいなぁ。そして、是非ともですね、論語が言うようにね、「70にして、欲するまま行動して、人間としての法を越えず」で、まさに自由自在に、この世を生きるようになってきた、良かった。三浦梅園先生が、「人生恨むなかれ、人知るなきを。幽谷深山、花自ずから紅なり」、私は私で良かった。やはりこう言う世界をですね、私達は、ほんとに心を耕しながら、エー持って行くと言うことが、ほんとに「生きて行く」て言うことのね、エネルギーになる、ほんとに生き生きと生きるんです。
  ただ、物理的にね、生きてる時間を延ばすだけではね、長生きじゃないんですよね。
ほんとに、いまの一瞬に無量寿と言う世界に通じたものは、ほんとに、今、ここで永遠という世界に通じて行くんです。そしたらね、良寛さんは、こんなこと言ってますねぇ。
良寛さんはねぇ、曹洞、エー、臨済宗ですか、この良寛さんはねぇ、その、檀家の人から、こう言われているね、もう、地位もお金も私は手に入った、後一つの望みは、百年生きることが望みだ、とこう言ったらしいんです。そしたら良寛さんはね、即座にね、そら、た易いことです。って、どう言ったかと言いますとね、今まで百年生きた、と思えばいいじゃないですか。まさに無量寿と言う世界に通じているものは、百年なんてちょっとだ、やっぱり、そこに、ほんとに「いま」と言う問題に、ほんとに充実、「いま」と言うものを全身で受け止められる、「いま」に全力投球できる、今日一日をほんとに精一杯生ききる、と言う形の中にですね、ほんとに私達は、朝、生まれて、夕方、死んでいく、その繰り返しが、エー仏教はね、教えてる人間のあり方なんだ。と言う世界が見えてきたらね、「明日は、おまかせ、生きてる内は、絶対死なない」、「死んだら、死なんて考えない」、そして、「いまを、精一杯生きさしていただく」。
  ま、こう言う世界が、私は、あの、仏法との接点を持ちながらですね、教えられたなぁ、と思っております。ほんとに、私達は、「いま、力強く生きる」と言うことは、そう言う仏法的な知恵の視点をいただくことによって、私達は、そう言うことが可能なんだな、と思います。
  ま、最後にですね、ちょっと宣伝ですけども、今、私は、大分合同新聞にですね、「いまを生きる」と言う形で、隔週に書かせていただいておりますけども、今、大分県下でですね、8カ所ぐらいで、エー、ま、「歎異抄に聞く会」とか、いろんな会をしております。もし、さらに詳しく聞きたいな、と思えば、コンパルホールでも月1回やっております。私に、ホームページでですね「歎異抄に聞く会」と言うホームページを開いております。もし、コンピューターされてたら、私のホームページをですねアクセス「歎異抄に聞く会」て出てますから、アクセスしていただけたらと思っております。
  エー、ちょうど時間がきましたので、ほんとに今日は、長い時間ご静聴ありがとうございました。

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