「医療と仏教の協力」(2009年10月18日 報恩講―深草学舎記念講演―)

 今日は報恩講という大きな法要でお話しする機会をいただきましてありがとうございます。初めての場ですので、自己紹介を兼ねながら「医療と仏教の協力」ということについてお話しさせていただこうかと思います。
 私はお寺の出身ではありませんので、戦後の教育を受けてきますと、どうしても「仏教なんかなくても生きていける」と、このような思いで大学生の時まで過ごしてきました。
 しかし浄土真宗に出遇ってみますと、蓮如上人の仰る「宿善開発(しゅくぜんかいほつ)して善(ぜん)知(ぢ)識(しき)にあはずは、往生はかなふべからざるなり」(『御文章』2-11)ということが、本当にその通りだなということを思わせていただいております。
 私は昭和二十四(’49)年生まれですので、今年でちょうど六十歳になります。農家に生れました。高校を出て運よく九州大学に入学できましたが、ちょうど大学一回生の時に両親が交通事故で同時に亡くなりました。しかし伯父さん伯母さん――浄土真宗のお念仏をいただいたお祖母さんに育てられた――が後に残った兄弟四人を温かく育ててくれました。
 大学三回生の時、今度は「学園紛争」という日本中の大学が騒然とする時代がありました。それで大学の五月から十月までは授業がありませんでした。そこでは否応なしに考えざるを得ない状況で学生生活を過ごしたわけです。
 そして大学四回生の時です。九州大学には仏教青年会という会がありまして、学生が二十人ほど生活できる寮がありました。私は剣道をしておりまして、剣道部の同級生がたまたまその寮に入っていたので、遊びに行くと非常に楽しそうなのです――。
 その寮は仏青の活動――無医地区の巡回診療など、いろいろなボランティア活動をしておりまして、その活動を加勢する学生は部屋代がタダなのです。だから食事代だけで生活ができる――。
 私は仏教に惹かれたわけではなく部屋代がタダ≠ニいう方に惹かれて仏教青年会に入りました。それが大学四回生の時でした。
 そして大学五回生の時に、順番で仏教青年会の総務という責任者の立場になったのです。責任者として仏青の活動をどうするかということをいろいろ悩んでいたら、たまたま福岡から四〇キロくらい、ちょうど博多と小倉の真ん中辺りにある宗像市の赤(あか)間(ま)という所に福岡教育大学という教員養成の国立大学がありまして、たまたま読んだ新聞に、福岡教育大学仏教研究会主催の講演会があるという記事が出ておりましたので、他の大学はどのようなことをしているのかと、言わば野次馬根性で行ってみました。
 そこでは化学の教授をされていた細川巌(いわお)先生が一般の人や学生を相手に浄土真宗のお話をされていたのです。細川先生の非常に興味を惹くような仏教の話にのめりこみ、以来三十数年間、医療という仕事と仏法を学ばせていただきながら、細川先生のお育てのお蔭で浄土真宗に出遇えて本当によかったと思っております。
 そのようなご縁がありまして、私は聞法という歩みを始めました。しかし仏法の学びをするということと、大学卒業以来消化器外科を専門にしていましたが、その仏教と医療との関係がいま一つよく解らなかったのです。
 ある時、秋月龍(りょう)a(みん)という埼玉医科大学の哲学教授で、臨済宗のお坊さんが書かれたある本に、医学部の学生さんに対してこのように語りかけたという文があったのです。
 ――皆さん方の医療という仕事は、人間の「生・老・病・死」の課題に取り組むことです。この「生・老・病・死」の課題は、仏教が二千数百年の歴史をもって取り組み、その解決の方法を見出してきたのです。医療という仕事に携わる者は是非とも、仏教的素養を持ってほしい――。
 この文章を読みまして「ああ、そうだったのか。医療の仕事をすることと、仏教の学びをすることは、同じことを課題としているのだな」と非常に勇気づけられました。
 しかし、日本の現状はどうでしょうか。医療と仏教の協力がほとんど実現できておりません。本当に心ある僧侶の方々は、生きている人間を相手に取り組まれておりますけれども、どうしても世間の常識では、いつの間にか生きているうちは医療で、死んでから仏教≠ニいうような偏見というか常識≠ェ世間を圧倒的に覆っています。
 では、医療と仏教の協力とは、一体どのようにして実現できるのであろうかということが課題としてあるわけです。
 私は昭和五十(’75)年代の後半に、アメリカのシカゴにあるノースウェスタン大学に留学する機会がありました。シカゴには西本願寺の別院があります。そこに中西部仏教会があり、私は子供を連れてよく日曜学校に通っておりました。
 そこに九条英(えい)淳(じゅん)という方が日本から来ておられて、その先生といろいろ話をする機会があったのですが、その先生からこんな話を聞きました――。
「こちらでは『メンバー(=門徒) 』が入院すると、必ず僧侶がお見舞いに行くことが仕事になっています。もしそれをしないならば「職務怠慢」と言われます。また僧侶という資格で病院に行けば、どんな所でもフリーパスで入れていただけます」と仰っていました。
そこには、人間の「生・老・病・死」の四苦に対しては、医療と仏教(宗教)とが協力して解決できるのだという文化がまだ残っているのだと思いました。しかし日本の医療現場では、それがなかなか実現できていないわけです。
私は大分県の国東市民病院で十六年間、外科部長、そして院長として仕事をしておりました。そこは「仏の里・国東」というキャッチフレーズで観光宣伝している地域ですが、そこでは仏教と医療の協力ができているかと言うと、できていないのです。「仏の里」にも拘わらず……。
やはり日本の文化に、医療と仏教が協力するという文化が未熟というか未成熟というか、できていないなと思うところであります。
 そこで「医療が仏教と協力することが本当に必要なのか?」と問われますが、いま医療や福祉の現場では協力関係が求められているのです。日頃はほとんどご縁がないかも知れないと思いますので、一つご紹介させていただきます。
 昭和二十(’45)年代までは、日本人の病気で亡くなる一番大きな原因は結核という感染症でした。これは二十歳代、三十歳代の若い青年が感染症に罹って亡くなってゆくという時代が長く続きました。しかし抗生物質という薬が発見されてからは、その感染症との闘いが大部分克服できるようになってきました。
 戦前や戦後、その感染症との闘いの中で、当時日本人の平均寿命は五十歳でした。それが戦後は六十歳になり、現在では日本人として生まれた半分の人は八十歳を超える時代になりました。
 「人間五十年」から「八十年」になった、このプラス三十年の時代を生きるようになって、多くの国民が「長生きして良かった」――ある一面ではそういう人たちもおられますが、いま私が働く医療・福祉の領域では、長生きしたことを本当に喜べているかというと、現実はそうではないのです。いろいろな病気を抱え、いろいろな不安を抱えて生きている方が医療の現場にはたくさんおられます。
 それは平均寿命が三十年延びたという、本当は喜ぶべきことを、この三十年間で「老・病・死」をどう受け止めてゆくかということの解決法を見出せずに、そこから逃げ回りながら、結局最後は「老・病・死」に捕まってしまう――ということだと私は思うのです。
 私たちはみんな幸せになりたいと思っています。これは誰からも教えられていないのに、幸せになりたいと思っているのです。どうしたら幸せになれるのでしょうか……。
 幸せになるためのプラス¥件を増やし、幸せになるためのマイナス¥件をできるだけ少なくする。「健康は」プラス=A「病気は」マイナス=B「若々しい」ということはプラス=A「老いる」ということはできるだけ先送りしたい。「役に立つ人間」はプラス=A「役に立たない人間」はマイナス=B「みんなに迷惑をかけること」はマイナス=B「迷惑をかけないこと」がプラス≠ニいう「世間のものさし」で多くの人たちは生きておられます。それはある時期まではそれでいいでしょう。
 しかし定年を迎えて六十歳、七十歳になってゆく時に、今までプラス≠ニ誇っていたものが、だんだんマイナス≠ノなって増えてきた時に、ましてや「老・病・死」というものに直面するようになってきますと、これは「老いる」ということをプラス≠ゥマイナス≠ゥと言えばマイナス=A「病」もマイナス=Aそして「死」はマイナス≠フ極みですね。
 そうすると、ほとんどの人が「老・病・死」に捕まり、まさに不幸の完成≠ナ人生を終わっているのです。これは「世間のものさし」を持っている人ほど不幸の完成≠ナ人生を終わるのです。
「日本国民一億二千万人の最後は不幸の完成≠ナ人生が終わるのですよ。日本とは素晴らしい国ですね」とは誰も言いませんね。しかし現実はそうなっているのです。
 だから私はここに、平均寿命が三十年延びた、この「老・病・死」に直面する人たちが、本当の「老・病・死」を受け止められる仏教の、智慧の世界を身に付けてゆくということが、本当に求められている時代ではないかと思うのです。
 医療や福祉の現場では、そういう声がいろいろな姿や形、言葉を替えて露出し続けているのです。しかし、そこで働く医師や看護師の教育には、この「老・病・死」をどう受け止めていったら良いのかという教育がほとんど成されてこなかったのです。
 いま国民の八割が病院で亡くなっています。「老・病・死」をどう受け止めるのかという教育を、病院で働く医師や看護師教育ではなされておりません。このような日本の現状は、とても淋しいのではないかと思っております。
 感染症との闘いであったものが生活習慣病との闘いへ、そして今は癌との闘いになっています。去年は癌で亡くなる方が31パーセントでした。これはゆくゆく50パーセントになるだろうと言われております。なぜかと言いますと、これは老化現象に関係する病気だからですね。
癌の治療は良くなった、良い診断方法が出来たと言われているじゃないか≠ニ言われますが、例えば、私がまだ外科の現役だった時に、ある七十歳代の方の大腸癌の手術を私たち外科のチームが行いました。そして五年間ずっと経過を診ていきました――五年経過すると一応、癌の影響はなくなりますので、再発の心配はないわけです――。
そこで患者さんに 「良かったですね。大腸癌の心配は要りませんよ。再発の心配はありませんよ」と、開業医の先生にお返ししたのですが、その二年後、今度は身体が黄色くなって帰ってきたのです。これは黄(おう)疸(だん)といって肝臓の病気です。検査をしてみますと、今度は膵(すい)臓(ぞう)の方に癌ができて、肝臓にたくさん転移している状態でした。転移した範囲が広くて、どうしても手術することができない状態で、結局その方は亡くなりました。
私はこの時私たち外科医がしていることは、この「老・病・死」に捕まることを、五年ないし、七年先送りしただけであって、結局は医療の敗北で終わったのだな≠ニ感じました。
 しかし仏教は生死を超える道を教えてくれています。本当に人間を救うのは医療ではなくて仏教なのだな≠ニいうことを思わせていただいたことがありました。
 昭和六十(’85)年から平成にかけて、日本の医療に大きな変化がありました。それは昭和六十年代までは「癌」という病名は本人に言わない時代でした。それが昭和の最後半から平成にかけて「癌」という病名を本人に言う時代になってきたのです。これを「癌の告知」と言いますけれども、英語で言えば“Telling Truth(真実を言う、事実を言う)”ということです。
 それまではパターナリズム(paternalism: 父権主義・温情主義)といって、本人がショックを受けるから結局は言わないというような形で、ある意味では本人の人権を尊重していなかった状態です。しかし、それが人権意識の高まりと同時に、本人に病名を告知するという時代になってきました。
 しかし国民の三人に一人、ゆくゆくは二人に一人が癌になると言われている時代に「あなたは癌ですよ」と本人に病名を告げて、その現実をどう受け止めて、以後の人生を生ききってゆくかということに対するサポートが、今の医師や看護師では無理なのです。いえ、できないのです。
 聞くところによりますと、アメリカやヨーロッパでは「チャプレン(chaplain)」という職種の方が病院の中にいらっしゃいます。これはもともと病院とかそういう施設はキリスト教の施設から展開されていったという歴史的な事実があって、「老・病・死」の現場には必ず宗教が伴っていたわけです。
 そこで医師が治療するとともに、チャプレンという方々がいて精神的なサポートもしっかりバックアップしていたから、医師は医療知識・医療技術に専念して、後はチャプレンの人たちにバトンタッチすればよかったわけです。
 しかし日本の現状では、なかなかそうはゆかないのです。専門的な話になるかも知れませんが、「ソーシャルワーカー(social worker:社会福祉士・精神保健福祉士)」という人たちを病院の中に確保することすらも充分にできず、なおかつチャプレンという職種を病院の中で確保するということは、まだ日本の医療文化の中では確立されていません。しかし、こういう方たちが切実に求められている時代ではないかと思うのです。
 なぜかと言うと、本人に本当の病名を告げるけれども、その後は放っぽり出されているわけです。その方たちのメンタルケアというか、「スピリチュアル(spiritual: 精神的な・霊的な)」と言われる領域のフォローが充分になされていないがために、患者さんたちは生きる方向が見出せずに困っているわけです。
 私は後輩の医師に「ガンという病名告知後の状況はどうなの?」と訊いてみました。後輩は「先生、本当の病名を言うとね、患者さんが治療に協力してくれるから非常に良いですよ」と言いました――これは医療サイドの独善的な言い方ですね。
「協力してくれるから良い」というのは――非常に問題のある発言です。知識のある者と知識のない者、健康な医師と看護師と、病気の患者という上下関係で医療の現場が動いてゆくとするならば、患者さんにとっての条件としては非常に悪い状況だと思います。
 そのような流れの中で、もう一つ大きな変化が起こってきています。それは「健康」という概念に「スピリチュアル」という要素を加えようという課題が、ここ十年くらい持ち上がってきています。
 これは一九九九年頃にWHO(世界保健機関)という所で「健康」の定義を今までは「フィジカル(physical:身体的)に健全である」「メンタル(mental:精神的)に健全である」「ソーシャル(social:社会的)に健全である」。これは解りますね。肉体が健全であり、心も健全であって、そして地域社会での人間関係、職場での人間関係、家庭での人間関係がきちんとできる、というのが「ソーシャルに健全である」ということになります。
「健康」を定義する場合には、1940年代から今日までこの三つの要素が続いています。それが1999年に、WHOの理事会でこれだけではどうも人間の健康を、人間全体を充分にカバーできていないのではないか?≠ニいうことで、四番目の要素として「スピリチュアル」という要素を取り入れようという話が出てきたのです。
 これには多くの人たちが賛成でしたが、取り入れるにはまだ時期が早いのではないかという意見も出てきて、結局理事会では決定がなされましたが、総会の決定までは進んでいないという現状であります。
 なぜ、このスピリチュアルというものが出てくるようになったのかと言うと、二つだけご紹介いたします。
 福岡の三十歳代の方が大腸癌に罹り、手術をしましたが、運悪く二年後に癌が再発して治療を受けているけれど、痛みが充分に除かれない。現在、癌の痛みに対しては麻薬を使うことによって、八割から九割、痛みが除かれるようになってきました。
 私が大学を卒業した三十年前は、先輩の医師から「麻薬はできるだけ使うな」と言われていました。なぜかと言うと麻薬中毒者を作るからです。確かに、何ともない人が麻薬を使うと中毒になりますが、癌の痛みに対しては中毒にならず、人格的なものはちゃんと保ちながら、痛みを取る作用があることがその後判りました。
 現在では世界中で「癌の痛みには麻薬を使え」と言われております。もし皆さん方に縁のある方が癌の痛みで苦しんでいるとするならば――まだある医師によっては麻薬の使用量が少なく、患者さんに我慢をさせるという状況が残っていますが――麻薬を充分に、巧く使うお医者さんに出会って痛みを取ってもらえるような時代になってきています。
 ――この三十歳代の方もホスピスに入って麻薬によって痛みを軽くしてもらいました。しかしこの方はお腹の癌だったので次に腸閉塞に罹りました。癒着による腸閉塞は私たち外科医が得意として治療していましたが、癌による腸閉塞は、閉塞している箇所が一箇所ではないので、なかなか手が着けられないのです。
運良く手術ができるのは二十人に一人の割合でしょうか……。この患者さんも結局手術ができない状態でした。痛みは麻薬で取りますが、腸閉塞は飲食ができないため、静脈注射の点滴をしながら入院生活をしておられました。
そしてある回診の時に、この若い患者さんが主治医にこう尋ねたのです。
「先生、私は死ぬために生きているのですか?」
あと数ヶ月のいのちということがだんだん解ってきた。そこで「自分は生きる意味があるのか?」と問うてきたわけです。
「死ぬために生きているのですか?」と問われ、それに応え、アドバイスができる医療人がどれほどいるでしょうか……ほとんどいません。まさに、どうするか……。
 決して癌の末期の人たちだけが「死ぬために生きているのか」と言っているのではありません。龍谷大学と同じく宗門関係の学校で、福岡に筑紫女学園大学という学校があります。そこで学長をされていた小山一(いち)行(ぎょう)先生は、大学に入ってきた学生さんたちに向かって、
「誕生日というのはどういう日ですか?」
と訊かれるそうであります。多くの学生さんは、
「誕生日は友人や家族がお祝いを持ってきて楽しむ日です」
と答えるそうです。すると小山先生は、
「誕生日というのは死刑宣告の日≠ネのですよ。人間に生まれなければ死ななくてもよかったけれども、人間に生まれるということは、必ず死ぬという運命を背負って生まれてきたということですね」と仰るのだそうです。
ということは、癌の末期の人が言った「死ぬために生きているのですか?」という課題は、人間に生まれてきた私たちみんなが持っている課題です。この課題が医療現場の患者さんから発せられているのです。それにどう応えてあげることができるのか……。
 エリザベス・キューブラー=ロスという、アメリカで終末期の医療を担当されていた先生が、日本で行った講演の中で、患者さんの訴えについてこのようなことを仰っていました――。
 痛みの治療をしていた時に、患者さんが半ば愚痴のように、
「先生、私はいい生活はしてきたけれども、本当に生きたことがない」
と言ったそうです。「いい生活」というのは世間的にいい生活という意味でしょう。経済的な安定、家庭の管理、子供の教育はそこそこ実現できた――。
しかし自分が癌に罹って「残り数ヶ月の命だ」と言われた時に私が生きてきたことは、本当に生きたことだったのだろうか? これで良かったのだろうか?≠ニいう想いから、「良い生活はしてきたけれども、本当に生きたことがない」と言ったのでしょう。
世間的に負けてはならない=\―経済的な安定、子供の教育、家庭の管理、社会のいろいろな活動――それはある程度できた。けれども、あれは本当に生きたことだったのだろうか? みんなに負けてはならぬと思って走り廻って、追いかけられていたのではないだろうか? という想いから「何か虚しいものを感じ、生きたという実感が湧かない」という訴えとして出されているわけです。
 このような訴えが、「癌」という病名が告げられ、痛みを取ってゆく現実の中で、露出してきたのです。これに対して、医療現場では充分な対応ができていないわけです。
 極端な話になりますが――、別府に大分県厚生連鶴見病院という大きな病院があります。私の知り合いで、現在そこの副院長をされている先生が――この方はお寺の出身なのですが――こういうことを教えて下さいました。
 ――ある田舎の農協の組合長さんが大腸癌に罹ったので手術をしたそうです。手術は成功した。しかし、運悪く数年後に肺へ転移してきた。そこで本人に転移性肺癌であることを充分に説明して手術をしたら、これも成功したそうです。その二年後、今度は肝臓に転移した。また入院してもらい、全身の検査をしてみると、骨への転移が見つかり、そこから化学療法をするようになった。しかし、全身に転移しているため、徐々に状態が悪化してゆきました。
 そして患者さんが亡くなる三日前、先生にこんな言葉を発せられたそうであります。
「騙したな」と……。
 患者さんは良くなると思って先生にお任せして治療をしていたのに……。状態が悪化してゆく中で最後に「騙したな」という言葉を発せられると、医療人はどっと疲れが出るでしょうね。そういう職場で働けば、おそらく「燃え尽き症候群」も起こることでしょう。
 このような現実は「老・病・死」を受容できる文化がない所で起こってくる現象ではないでしょうか。
 外国でチャプレンという職種の研修を受けて日本に帰ってきた方がおられまして、その方のお話を聞いて驚くことが一つありました。私は、チャプレンという方たちは患者さんのために仕事をしているのだと思っていたのですが、その方が言うには「患者さんに対しては三割で、あとの七割は医師や看護師などの医療現場で働く人たちのメンタルケアなのだ」そうなのです。
 まさに先ほど申した「騙したな」という、「老・病・死」を受け容れる文化がない状況の中では、種々の感情的な葛藤が起こり、そのことに対しての鬱々とした未解決のものが受け容れられないまま、お医者さんも困り、患者さんも困り、医療関係者もみんな困りながら、最後は不幸の完成≠ナ人生が終わると思っているのです。
 その現実が受け容れられないわけです。ここに私は、医療と福祉の現場で、仏教が教える「生死を超える道」ということが求められている。もっと言えば、多くの患者さんから「何とかしてくれ」という声が有形無形に発せられているのだと思います。
 いまから十数年前に「スピリチュアル」ということを話題にした研究会がありました。ある都会の大病院の院長先生がこう言われました。
 「スピリチュアルなんてことは、医療の人たちが関わることではありません。なぜなら私の病院ではそんなことを訴える患者さんは一人もおりません」
と言ったのです。今だから解ることなのですが、この病院は患者さんに痛みを我慢させていたのです。患者さんの肉体的な痛みを我慢させていれば、スピリチュアルな課題までは出てこないのです。
 大分にゆふみ病院という緩和ケア病院があり、そこで働く先生に聞いてみると、――痛みを充分に除いてあげて、普通よりも看護師を増し手厚い看護をして、家族の方も寝泊りできてお世話が出来るという施設も作った。そのような至れり尽くせりの状況を作ったら、患者さんから出てくる訴えは、スピリチュアル絡みの訴えなのだと言うのです。
 私たちには、患者さんから発せられる言葉に対して、どう応えてゆけばいいのだろうかという課題が出てきており、人間の健康という定義には「身体的」「精神的」「社会的」そして「スピリチュアル」ということがなくてはならないという時代になろうとしてきています。
 ただ、この「スピリチュアル」というのは、仏教、浄土真宗で言うならば、人間に生まれたということの意味をどのように理解しているか、納得しているか。生きてゆくということの意味、生きてゆくことで果たす仕事・役割・使命について、どのように自分が頷いているか。そして、死んでゆくことに対して「おまかせします」「南無阿弥陀仏」と安心できる世界に立っているかということでしょう。
「スピリチュアル」というのは決して宗教的な形だけではないと言いますけれども、浄土真宗がいう「仏さまの智慧、信心をいただく」という形の中で解決できる、いえ、人間に生まれた意味、そして人間として生きることで果たす自分の仕事・使命・役割、そして死んでゆくことも「おまかせします」「南無阿弥陀仏」と、このように「老・病・死」を受け取る文化というものを仏教は教えてくれているのです。
このことを受け容れられる地域の人たちは上手くやれるのです。例えば島根県や広島県といった真宗の土(ど)徳(とく)の強い所は、親から子供、孫へと自然に往生浄土の文化として受け継がれているのです。しかし、だんだん仏教的な文化が希薄になってきている日本の現状は「老・病・死」ということを受け容れられないがために、患者さんからいろいろな訴えとして発せられております。
 この現代的な要請のあるところで、仏教が二千数百年の歴史をもって「生死を超える道」として教えてくれている「南無阿弥陀仏」のおこころを私たちが受け取ってゆくことが、この生死すらも超えてゆく道、生きることを輝かせる道なのだと教えて下さっています。
 私は龍大の授業で学生さんに言うのです――。
「龍谷大学は世間のものさし≠ナはないものさし≠ェあるのですよ」と言えることが、龍谷大学の最も大事な、その存在意義を多くの方々に解っていただくことではないか、そしてそれを身に付けた学生さんが卒業してゆくことが、龍大ならではの独自性ということではないだろうかと思っています。それは、世間でいうプラス価値≠竍マイナス価値≠ナは量れない世界があるのだということですよと。
 この「仏さまの智慧という世界を身に付けてゆく」ということが、これからの方向性が見出し得ない現代において求められ、龍大ならではの教育の現場が展開されてゆくところのではないかと思います。
「医療と仏教の協力」ということ、そしてもう一つ「スピリチュアル」という、人間に生まれたことの意味が自分なりに頷け、生きることの意味が自分なりにしっかり頷け、死んでゆくということも心配ないのだというものが見えてくると、私は面白い展開が出てくると思っています。
 私たち医師は、患者さんが亡くなった時に死亡診断書を書きます。死亡診断書を書く時、長患いをされている方たちの診断書は、私にとっては非常に難しいのです。例えば脳卒中で寝たきりで十年、二十年を過ぎた方たちが亡くなってゆく場合、「これは老衰かな? 脳卒中が原因なのかな?」と非常に悩ましい現場に出くわすわけです。
 仏教では「なぜ死ぬのか」と言うと「人間に生まれたからだ」と言います。病気もまた死の縁だと言います。私はこれが本当だろうと思うようになってきました。「スピリチュアル」という課題に、みんなが充分に頷けるようになると、このように変わってきます。
 健康というのは、先に挙げた四つの要素が全部揃わなくても、ある程度健康になれるのです。そうすると、こういうことが言えます。「健康に老いて」「健康に病み」「健康に死んでゆける」という展開が出てくるのです。これはすごいことです。少なくとも私はすごいなと思っています。
 それまでは病気で死んでいた≠フですよ。それが病気で死ぬのではない≠ニいうことであって、先ほどから繰り返し申すように人間に生まれたから死ぬ≠フでしょう。そうするならば、「健康に老いて」「健康に病んで」「健康に死んでゆける」のです。決して不幸の完成≠ナはなく、この世での縁が尽きる時に往生浄土して仏さまにならせていただけるのだと。往生浄土して仏さまにならせていただく――不幸の完成≠ナ終わらないのだという世界が、お念仏の世界として私たちに開かれているのです。これはすごいことですね。
 確かに医療技術が大きな展開を遂げ、長生きして良かったという人が出てくればいいけれども、長生きしたことが死の不安や「老・病・死」が受容できない愚癡のために、その延びた時間が喜べない現実が多く見られるわけです。
 その現場で、老いがあったとしても病があったとしても、そのことを受け止めて、人間として生き切ってゆく、完全燃焼してゆくという道が、「南無阿弥陀仏」のお念仏のおこころをいただいたその時に、展開してゆくのだということを、長年聞法されてきた先輩方が、いろいろな形で記録として残して下さっています。
 私はそこに、お念仏のこころに触れてゆく、仏法の智慧をいただいてゆく歩みの中に、それが実現してゆくのだな。そして、そこに生き切っていかれた先輩方を目の当たりする時、医療の現場では仏法というものが求められているのだなと思うわけです。そして「健康」というものも同じように、医療と仏教が協力しなければ本当の健康が実現できないという時代になってきているのです。
 これまで、「健康」とは医師や看護師、保健師が扱う領域だと思われていたものが、「スピリチュアル」という課題がなくてはならない領域なのだということが多くの人たちに認識される時代を迎えようとしています。「健康」ということは、医療と仏教が協力して初めて人間としての健康、人間としての健全ということが実現できるという時代を迎えようとしています。
 今の若い人たちにとっては、かなり遠い先の話のように思われるかも知れませんが、「健康」ということを考えた時に、単なる「身体的」「精神的」「社会的」だけではない「スピリチュアル」という要素があるのだということを頭の片隅に置いていただければと思います。
 ただ「スピリチュアル」という課題は、あまりにも整理されぬままに放置されているがために、ホームページ等で「スピリチュアル」という語を検索してみると、驚くようないかがわしいものから、浄土真宗の「後(ご)生(しょう)の一大事の解決」ということまで、多くの情報が溢れています。
 私たちは若い時から本当のことを見る智慧の目を持って、人間に生まれたことの意味をどのように納得できるか、生きるということの仕事・役割をどのように考えてゆくか……先ほど私は「意味」ということを言いました。現代教育を受けてきますと、「客観的な事実」というエビデンス (evidence :証拠・根拠・実証)を拠り所として物事の判断をするという形が大きな流れになっています。医療の世界もまた「エビデンス ベースド メディスン(EBM/Evidence Based Medicine:根拠に基づいた医療)」という形で大きな流れがあるのですが、それだけでは人間全体を把握できない。
 そこでもう一つ「ナラティブ ベースド メディスン(NBM/Narrative Based Medicine:物語に基づいた医療)」ということがあって初めて、人間全体をカバーできるのではないかという大きな流れが出てきています。人間全体を把握しようとした時には、決して客観的な事実だけではなく、そこに「物語」が要るのです。その「物語」とは、人間に生まれたということをどのように理解するのか、生きてゆくということの物語をどのように納得しているのか、死んでゆくという物語をどのように自分は受け取れているのか、ということになります。
 仏教の智慧に触れることで気付かされる、人間に生まれた意味、生きることの意義、死んでいくことの物語、今日はその物語性について触れる時間がありませんが、仏教は豊かな物語りを教えてくれています。
 現代人は「老・病・死」をできるだけ無くしてゆけば、生きることが輝くのだと思い、特に医療の世界ではそのために不老長寿を目指して懸命の取り組みをしていますが、不老長寿が必ずしも「生きる」ことを輝かせることにはならないかということが見えてきています。
「老・病・死」を充分に見つめ、それを超えてゆくという仏教の「生死を超える」ということにおいて初めて、「生きる」ということが輝くのだ、と言われるようになってきています。それは仏教が既に二千数百年の歴史をもって「生きているということは、死に裏打ちされて生きているのですよ」と、縁起の法で私たちに教えてくれているのです。明日はないかもしれないと感じる時、今、今日を精一杯生きよう、生きていることを大切にしよう、と「生きる」ことが輝く方向に導かれるのです。
このような「物語」が必要だということは、私は浄土真宗が教える生死を超える道、お念仏のこころに触れてゆくということを通して「人間としての健全さ」「人間としての健康」ということが実現できるのだということを、世界が認知する時代と言うか、この道で間違いないですよと、教えてくれているのではないか――そのことの確認を、私たちが日々の人生の中で取り組んでゆくことが本当に大事ではないかと思うことです。
「健康」という課題が、医療と仏教との協力によって初めて実現できるという時代を迎えています。人が健康に生きる上でのいろいろな問題に向かう時、宗教性を抜きに「健全さ」「健康さ」は実現できないということがさまざまな角度から出てきています。
私はぜひとも「医療と仏教の協力」という文化を、再び日本に作っていかなければならないと考えています。それはすでに聖徳太子が四天王寺に「療病院」「施薬院」などのいろいろな医療施設をお創りになったように、実際にあったわけです。しかしそれがいつの間にか、医療と仏教が棲み分けするようになり、そこに「医療と仏教の協力」という文化が日本の中で失われてしまったのです。
 しかし、いま国民の大多数が八十歳を超える時代になって、「老・病・死」という現実の中で、健康で生き切ってゆく、健康で人生を完全燃焼してゆく――それがまさに「健康に病み」「健康に老い」「健康に死んでゆけるのだ」という世界を仏教が教えてくれているのだと思います。
「老・病・死」すらも超えてゆくという世界を、私はお念仏のこころに触れてゆくという世界の中で実現できてゆくのだと思わせていただきました。そしてそのことを多くの方々にも解っていただきたいと思うわけです。
 私は、このように仏教の世界に遇わせていただいて、医療の現場で宗教、仏教が本当に大事だと思うことの一つが「恩」――本日は報恩講でございますので――でありまして、この「恩」ということについて最後に一つだけご紹介させていただきます。
 私がちょうど四十歳の時に、国立病院の外科の責任者をしておりました。その時、大学から「町立病院の外科部長に――ゆくゆくは院長に――なっていかないか」という打診があった時に、最初はお断りしておりましたが、一年を過ぎた頃になってまた「田舎に行く人材がいない」ということで――私は都会や田舎にこだわる方ではなかったので――「何とか行ってくれないか」と頼まれて非常に困りました。そこで私は仏教の先生に相談しました。するとその先生が、
「田畑君、苦労するかも知れないけれども、大学がそんなに言うのであれば行ってみるか!」
とアドバイスされ、私は即座に「はい」と返事をしたのです。
 私は、仏法を聴き始めてから二十年くらい経っておりましたが、あそこの病院に行けば院長になれるのだろうか≠ニか国立病院から町立病院というのは都落ちするようなものだ≠ネどと良からぬことをいろいろ思っていた時に、その仏教の先生からお手紙をいただきました。その手紙の中にこのような一節がありました――。
「あなたが然るべき場所に行って、然るべき役を演ずるということは、今までお育ていただいたことに対する報恩行ですよ」と。
 私は驚きました。私は「獲(と)る」――院長というポジションを獲る≠ニかプライドが保たれることを獲る∞高い給料を獲る≠ニいうことしか考えていなかった所に、
「今までお育ていただいたことに対する報恩行ですよ」
と書いてあったのです。それを読んだ途端に私は、 「ああ、私は人間になれていなかったな、餓鬼だったな」と懺(さん)悔(げ)せずにはおれませんでした。
 仏教の智慧のお育てを頂く歩みの中でもう一つ「恩知らず」ということを思わせていただいたことがあります。
 私が母校の大学で四年ほど「医学入門」という講義を担当させていただいた時のことですが、「医療と仏教との協力で人間の苦しみを除くのだ」という講義をした後に、教育担当の教授が学生さんに対して、
「皆さんたちは命だけを大事にして下さいよ」と言ったのです。なぜ命だけを大事にして下さいと言うのか≠ニ思ったら、その後にこう付け加えました――。
「一人の医師を育てるのに五千万円かけていますからね」と言ったのです。私の時代は一千万から二千万円だったかも知れませんが……。
 いま一人の医師を育てるのに国立大学では五千万円かけている。そこで育ってゆく医療関係者が私は国民の税金で医学教育を受ける機会をいただいた∞先輩たちのご苦労で医学を学ぶ場をいただいた≠ニいう形の「恩」を感じる人材として育ってゆけば、日本の医療もかなり良くなるのではないかと思います。
 しかし今は人間になれない、私を含めて「恩」を知らぬ餓鬼を育てる教育になっていないだろうかと、その時に思ったわけであります。
 自分自身が仏法を聴きながらも、お粗末な状態であった時に、よき先生に出遇い、仏法という道を、方向性をいただいたことは「有ること難し」と言わざるを得ません。
 その仏法の教えに育てられてゆく中で「人間の苦しみというものは決して医学だけでは解決できない、むしろ医学は先送りしかできない。その先送りした所で結局、敗北である」ということが解りました。
 しかし仏教は、それを超える道を教えてくれています。医療の場でも同じ「生・老・病・死」の課題なのです。同じ四苦のことを課題とする医療と仏教が、ぜひとも協力関係を実現してゆくことが求められている時代ではないかと思います。
 それは医療界の私が医療界に言わなければならない課題であり、仏教界の方々にも、そのような要請が潜在的にあるのだということを多くの人たちに知っていただきたいと思います。
 また国民の方々に、そのような課題が大事になってきているのだということを解っていただくことが求められている時代ではないかと思っております。
「医療と仏教の協力」ということが、社会性、時代性の中で求められている課題なのだということを、わずかではありますがご紹介させていただきました。
 ここで一つ宣伝をさせていただきます。私は二十数年前から大分県で「歎異抄に聞く会」を開いておりまして、そのホームページ(http://www8.ocn.ne.jp/~sangha/index.html)には講演録や毎月の情報発信が出されております。もし関心のある方はご覧いただいて、コメントを書いて下されば嬉しく存じます。
 ありがとうございました。
(りゅうこくブックスNo.122 その人を憶ひて、龍谷大学仏教部、p95-131「医療と仏教の協力」2010年10月18日発行)

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