[在家仏教講演会]仏教の教える「救い」とは
龍谷大学教授 田畑正久(たばたまさひさ)
在家仏教 65(8)p48-67,2016


■死ぬまで闘わされる
 私は今、人間の生老病死という四苦をどう解決するかということを、医療と仏教の両面から取り組んでいます。日本の病院には宗教者がほとんどいません。もしも病院の中でお坊さんを見かけたら、誰か死んだのだろうかと思われるでしょう。仏教が生きた人を相手にしているということ自体があまり知られていないのが現状です。
 私が大分県国東市のベッド数二百八十ほどの公的病院で院長をしていた時には、当時はドクターが二十五人、職員が三百人くらいいたのですが、最近聞きましたら過疎のためドクターが十四人しかいなくて大変なんだという話でした。この病院で私が仏教講座を始めた時、ある内科の先生から「なんでそんな余分なことをやるんですか」と言われました。そのくらいに仏教は医療と関係がないと思われているわけです。
 仏教は二千五百年もの間、生老病死の問題の解決に取り組んできました。具体的にどんな取り組みをしてきたのかをまずご紹介します。
 「私の思い」と「私の現実」の間に差があることが、思い通りにならないというかたちで「苦」になります。この「苦」をどうすれば解決できるのかというと、一つは、病気をしたとか怪我をしたという状態を元の健康の状態に戻す、というのがこの差を縮めるための方法になります。それは医療の分野が知識・技術を総動員して取り組むべきことです。 しかし、この健康の状態に戻すということができなくなった時、老いや病気に直面して避けることができず、死を確実に迎えるという状態になったら、この人の悩みや苦しみを救うことができるでしょうか。
 日本では今、二人に一人はがんになり、三人に一人はがんで亡くなっています。厚生労働省が発表する日本人の死因のトップはここ十年ほど、がんに代表される悪性新生物(悪性腫瘍)です。
 最近、ある医学関係の雑誌に載っていた「食い物にされるステージW」という文章が印象的でしたので、抜粋してご紹介します。筆者は医師の長尾和宏先生です。がんの進行具合を四段階にランク付けして、ステージWは治療しても良くはならないまでに進んだ症状の程度を指します。ほとんど死に直面している状態です。
 全身に転移したステージWの50歳代の胃がんの患者(男性)さんがおられる。まだ若いのでなんとかがんを克服しようと必死で闘っておられる。抗がん剤、放射線治療、免疫療法、温熱療法、そして民間療法・・・。なんと3つの病院をかけもちされている。それぞれの病院で検査をしてはそれぞれの治療を受けている。そのうえに、温熱療法や免疫療法や民間療法も並行して行っている。つまり6つの医療機関にかかっている。当然、超多忙だ。衰弱してもはや一人で歩けないため、身内に付き添われて外出しておられる。ご飯も充分に食べられず、ガリガリに痩せてきた。在宅医療を依頼されるも、連日通院中で訪問日の調整がつかない。複数の医療機関へ通院自体が大きな負担になっているのだが、本人はそれにも気がつかない。いや薄々分かっているはずだが、認めなくないのだろう。どこの医療機関の医師も「一緒に治しましょう」としか言わない。
「もう治療をやめようよ。やめどきだよ」なんてことを言う医師は一人もいない。それどころか全身骨転移の痛みが強いので、「在宅で緩和医療をしましょうか」と提案したら、免疫療法の主治医から「まだ早い」と言われたと。その患者さんと接していると、ステージWにたかられているように感じる。一方、ご家族は、経済的理由もあり早く高価な治療をやめて欲しいと願っている。
 世の中には、がんを治すための様々な情報が溢れている。誇大広告を鵜呑みにした患者さんは、全部組み合わせればなんとかなるかも?と、すがりがちだ。周囲を見渡すと現在のがん医療では、ステージWの患者さんは結構彷徨っておられる。いわゆるがん難民も含まれる。
 ボクシングであればセコンド係がタオルを投げ込んで試合をストップさせてくれるのでボクサーはリングで死なない。しかし現代のステージWは、黙っていたら死ぬまで闘わされる。町医者をしているとこうした「食い物にされているステージW」の若い患者さんとたまに出会う。現代のがん医療を横断的に見てしまうと思わず、医療否定本を渡してあげようかと思う時もある。まあ蜘蛛の糸にすがる患者さんには、いまさら町医者が言っても、聞く耳をもたないことが多い。
 こういう状況は私も経験したことがあります。私よりちょっと若い親類が四十九歳で腎臓がんと診断され、いろいろな治療をしました。まだ公式に認められていないような実験的な治療も試みていたのですが、肝臓に転移した、肺に水が溜まってきたという調子でなかなか効果がなかった。そう聞いて私が電話で、「もうそんな良くなるための治療じゃなくて、痛みや苦しみを取るといった治療に移っていったらどうなの」と言いましたら、彼が「明るい方向が見えないというのは、いたたまれないんだ」と答えました。
私たちは何だか、「明るい明日がある、明るい未来がある」ということが、生きるエネルギーのようになっています。そういう方向がみえないのは「いたたまれない」のです。 パスカルが『パンセ」の中でこう言っています。「明日こそ幸せになるぞ、明日こそ幸せになるぞ、と死ぬまで幸せになる準備ばかりで終わってゆく」と。そのように、死ぬまで闘わされている。ボクシングならばタオルを投げてやめさせますが、今の医療現場にタオルを投げてくれる人がいないというのです。これで本当に患者さんのためになっているのかという問題があります。(『日本医事新報』二〇一五年五月九日号から抜粋)

■二の矢を受けない
 医療界は今、病気を健康にするということで苦を少なくするという思考が中心で、医学が依って立つところの科学的思考では、それ以外にありません。
 仏教の教える苦を少なくする方法は「私の思い」と「私の現実」の差を縮めるには、禅宗で言うならば悟りを開く、浄土教で言うと信心をいただく、そういう智慧の世界に出るならば、その結果として「私の思い」が「私の現実」を受容する受け取りがあるのです。こういう世界があることを、科学的な教育を受けてきた医師や看護師は知らないわけです。
 病気で苦しむと同時に、病気はいやだ、困ったものだと、良くならない病気への思いでも苦しむのです、病気の現実を受けとれないがためにさらに苦しむ、こうして二重の苦しみが生じます。
 仏教には「二の矢を受けない」という教えがあります。一の矢は縁次第では逃れることはできません。でも多くの日本人は初詣などで神社仏閣に行くと、無病息災・家内安全・商売繁盛・願事成就などを祈って、一の矢を受けないようにしたいと願っているわけです。それはいくら神仏にお願いしても無理です。ましてやお寺で一の矢を受けないようにしてくださいと祈るのは、まったく仏教とかけ離れた思考です。「二の矢を受けない」というのが仏教の救いにつながるのです。
 私は九州大学の学生だった二十二歳の時に福岡教育大学の細川巌先生(化学、1919-1996)に運よく出遇い、先生を中心としたサンガ(僧伽)でお育ていただきました。細川先生が「救われるとはどういうことか」という講義の中で、象徴的な喩え話をされました。ネズミ教というお話です。
――ここにネズミの家族があった。そのネズミにとって、助けられるとはどういうことか。仮にこのネズミがネズミ教という宗教に入ったとします。このネズミ教ではどういうふうに助けられるか。ネズミ教の教主にいろいろの供え物をし、お祈りをし、また行事にも参加して、そのおかげでこのネズミ一家は健康で、経済の面でも安定が得られ、この不況の中でもなんとか食べていける。いろいろの願い事、たとえば子どもの受験などが順調に叶う。これを一言でいえば幸せということになる。その他、種々のトラブルが解決する。つまりこういうふうなことが助けられるということである。
ところがここに問題が出てきた。この信者のネズミがある日突然、ネコに出会って首っ玉を押さえつけられて食われそうになった。こうなっては日ごろの幸せも、問題の解決もどこかへ行ってしまう。このネズミは助かりようがない。万一助かるとすれば、何かが現れてネコを追っ払ってくれる、あるいはやっつけてくれる、さもなければ自分に不思議な力が湧き起こってネコをやっつける、つまり何かそこに神秘的なものが現れる、そういうのを我々は助かるという。普通の宗教はその助かるということを目的にしているわけです。ところが神様に祈ったがどうにもならない。とうとうかじられて食われてしまった。殺される時にネズミは言った。「あれほど祈っておるのに助けてもらえんとは。神も仏もあるものか」。
 これを聞いていた息子のネズミは後日、教会の教主に文句を言った。「あれほど熱心にやっておった父親がネコに食われて死にました。神も仏もあるものかと言いながら死んだんです」。するとこの教主は厳然として言った。「あれは信心が足らんからじゃ」。信心が足りないという一言で片づけられた。信心があったらそんなネコに会うはずがないと、言い逃れのような話であった。

 こういう話です。このネズミが救われるとはどういうことでしょうか。
「本願の宗教では、ネコに押さえつけられているネズミが食われようとしている場合に、助かるとはどういうことか。弥陀の誓願不思議に助けられまいらせてというのは、どうなるのを助かるというのか。そこのところが大事な問題である。それは私 業として悠々として食われていくのである」と書いてあります。それでは救われないではないかと私たちは思いますよね。
 ネコに出会ったというのは、私たちで言えば、思わぬ事故に出会った、自然災害に出会った、がんになったということを考えればよいわけです。こういう時に私たちが救われるとはどういうことなのでしょうか。どうしても私たちは世間的な救いということを想定しがちですが、仏教では仏の智慧をいただくことによってこの現実を受容する、「これが私の背負うべき現実、南無阿弥陀仏」とお念仏していくことが救いなのだというのです。私は最初、それでは救いにならないだろうと思っておりました。
 私は今、大分県内の四カ所で月一回会座を開いています。別府の会座で、九州大学名誉教授(外科学)の先生が八十歳前後の時に後輩の私の話を聞きに来てくれていました。話の後の座談の席で先生はこう言われました。「私は人間の苦しみを救うのは、病気を健康にするしかないと思っていました。この現実を受容するというというかたちで、この差が縮まるなんて今まで聞いたことがありませんでした」と。医学教育をする側の先生方も、この現実を受容するなんてあり得ない、死ぬまで闘うしかないと思っていたわけです。病に捕まって死んだとなると、病はマイナス、死はマイナスですからまさに不幸の完成で人生が終わったと言わざるを得ないのです。

■仏が私を迎えとってくれる
 現代の医学、心理学、経済学、哲学にしても、生きている間の話、いわば命あっての物種です。生まれる前(過去)から死んだ後(未来)までの三世を超えた救いというのは、宗教でないと考えられないわけです。
 仏教が教える救いは、目覚めと一体となっています。目覚め、悟りを得て仏の智慧をいただかないと、この現実を受容するという発想は受け取れないのです。この仏の智慧の世界がどういうものなのかが大きな課題となります。
 仏の智慧、つまり仏智をいただくには二つの方法があります。一つは、私がお釈迦さまと同じように出家して、身と心を修め、仏に近づくという方法です。これを聖道門といいます。お釈迦さまがなさったことを踏襲すればきっと仏の世界に行き着くだろうというのは、誰もが思いつく自然な発想です。しかしこれはやってみないと、どこまで行けるかはわかりません。
 もう一つの方法は、仏のほうから私たちを迎えとっていただくという浄土教の教えです。愚かで迷いを繰り返しているこの私は、お釈迦さまと同じ道を歩むなんて無理だと思う。お釈迦さまが亡くなって以来、お釈迦さまに匹敵する指導者は出ていない。さらに家族を養わなければいけない在家者としては、仕事も顧みず一心不乱に修行しているわけにはゆかない。そういう私たちに対して、「念仏する者を浄土の世界に迎える」という教えを説いてくださっているのです。南無阿弥陀仏という名前となって、迷える私に仏の智慧(無量光)といのち(無量寿)を届けてくれるというのです。
 現代の日本で仏教は、それほど注目されているとは言いがたいのが現状です。それは科学的合理主義によって便利で豊かな生活が実現していて、仏教などなくても幸せそうな人がたくさんいるからです。確かに物質的な豊かさは実現できたかもしれませんが、先ほどから申し上げている老病死は、科学的合理主義で解決できていますでしょうか。治療や薬で良くなった人もいるでしょうが、三人に一人はステージWを経験しています。そういう人たちは科学的合理主義の考え方では幸せな生き方とは言えません。
 そこに自分が迷っているという気づきがなければ、仏教は要らないのです。仏教である以上、共通の原則は転迷開悟(迷いを転じて悟りを開く)です。仏教に関心を持つ者は、自分の現実を仏さまの光に照らされてみて、やはり迷っている自分であったと感じることができるのです。
 その時に、自分が努力精進して悟りを開くことができるなら、その方法でがんばっていけばいいと思います。しかしそれが不可能な自分には、浄土の教えがあるのです。こんな私を目当て(仏教は相手に応じた教えとして説かれている)に本願が南無阿弥陀仏という念仏となって智慧といのちを届けてくれるのです。

■朝に生まれて夜に死ぬ
 仏の智慧をいただくというのはどういうことなのでしょうか。
 仏教では、縁起の法ということを説きます。物事は因があって、それが縁にふれて、はたらき(業)を展開して結果が起こり、それが次なるものに影響(報)を及ぼす、「因縁業果報」というかたちで物事は起こっていると考えます。これは現代の科学的思考でもその通りで、矛盾なく成り立っています。
 私という存在は、ガンジス河の砂の数ほどのさまざまな因と縁が仮に和合した現象としてここにあります。それは固定したもの(我)ではなく無我であり、一刹那ごとに生まれては滅し、生まれては滅し、ということを繰り返しています。この刹那とは、時間を最も短く切った単位で、七十五分の一秒くらいのことです。
 一刹那ごとに生滅を繰り返しているということは、一刹那ごとに生命が完結しているとも言えます。これはなかなか分かりづらいのですが、一刹那を一日と考えてみましょう。今日の朝生まれた私は、今日という日を初体験します、そして一日を精一杯生きて、今日の夜に死んでいく。そして明日の朝、新たに生まれるのです。明日また生きているか死んでいるかは明日になってみなければ分かりませんが、一日ごとに完結しているという発想です。
 仏の智慧で物事を見ると、私たちの世間的な見え方(分別知)とは違って、全体が見えてきます。たとえば、博多湾をモーターボートが通り過ぎてゆくとします。このモーターボートを運転している立場からすれば、エンジンを吹かしてスクリューを回し、水を押しのけて進んでいると捉えます。一方、海の立場で言いますと、スクリューが押し出す水を海が押し返している、この押し返す力がボートを前に進めているということになります。その証拠に、ボートを陸に上げてエンジンを吹かしても、スクリューが扇風機みたいに空気をかき回すだけでボートは前には進まないでしょう。
 そのように、私たちは日ごろ誰の世話にもならず生きていると思っていますが、現象の全体像を見れば、ガンジス河の砂の数ほどの因や縁で生かされているということです。最も恩を感じなければいけないことに対して、私たちは恩を感じていません。たとえば私たちの周りにある空気は二十一パーセントの酸素を含んでいて、その中で私たちはかろうじて生きています。もしもこの酸素が三分間でもなくなれば私たちの脳は死んでしまいます。この空気にお礼を言っている人はいません。当たり前だと誰もが思っています。
 そのように私たちは、自分が生きているんだと思っていても、仏の智慧の眼で見たら、いろいろな因や縁で生かされている、支えられている、教えられている、願われているのです。私たちは粗い、局所的な見方しかできず全体像が見えていなくて、愚かで迷いを繰り返しているのです。
 私たちは朝に目が覚めたら「今日も命がいただけた、南無阿弥陀仏」とお念仏でスタートし、夜眠る前には「今日私なりに精一杯生きさせていただきました、南無阿弥陀仏」と休んでいく、その間にも思い出して「南無阿弥陀仏」とお念仏してくださいと、細川先生は常におっしゃっていました。さらに言えば、夜は「これで死ぬんだ、南無阿弥陀仏」で死んでゆく。それでもし翌朝に目が覚めなかったら、本当に死んだということになります。もし目が覚めたらそれは眠っていたということで、また新しい一日が始まるのです。
 よく仕事や考え事にどっぷりと浸かって行き詰まってくると、もういいや、今日は寝てしまえと思うことがあります。疲れ果てているとぐっすり眠れるもので、目覚めるとスッキリしています。これをもし寝ないで続けていたら、そのうちに本当に死んでしまうでしょう。眠っている間は、意識が死んでいるのです。死んだことでリセットされて、今日のいのちが新たにいただけるのです。この一日一日の足し算が、結果的に一年になり、十年になっていくのです。
 そう考えれば、老病死というのは何も遠い向こうにあるのではなく、毎日そういう経験をしているんだと受けとれるようになると、考え方、受け取り方がだいぶ変わってきます。

■感情の奴隷にならない
 縁起の法について言えば、昨日こんなことがありました。私の妻は同じ病院で小児科の医師をしていて、患者の父親から厳しい言葉を言われたと、帰りの車の中で話していました。いわゆるモンスター・ペアレントで、的外れな内容で怒鳴られて、悔しくてしかたないというのです。それを聞いて私は言おうか言うまいか悩んだのですが、結局言いませんでした。それは、仏教では「感情の奴隷になるな」と教えている、ということです。
 固定した私はないということを無我といいます。たまたま因や縁が集まって、腹立たしい気持ちになったり、うれしい気持ちになったりするのです。腹を立てたのは私だ、悔しいのは私だと、そこに私を立ててしまうから振り回されてしまう。これが感情の奴隷になって振り回されるということです。具体的にどうするかというと、感情に振り回されている自分を見つめて「南無阿弥陀仏」と念仏するのです。「また感情の奴隷になっている、南無阿弥陀仏」と念仏することで、振り回されることが少なくなる方向に導かれるでしょう。
 因や縁が集まってそういう気持ちになっただけなのだから、因や縁がなくなればその気持ちも消えてしまいます。逆に今日は一日中、腹を立ててみようと思ったって、できるものではありません。私たちは一瞬一瞬でさまざまな気持ちが生じています。感情の奴隷にならないというのは仏教の智慧です。
 人は縁次第でどんな素晴らしいことをするか分からないし、どんな破廉恥なことをするかも分かりません。それが私なのですというのが、この縁起の法です。「私は決して悪いことをしたことがありません」と言うような“善人”には、仏教は無用なのかもしれません。
 医療の世界で長年仕事をしていますと、患者さんが亡くなってしまったのは診断がちょっと手遅れになったせいだったかなと思うことがあります。たとえば腹部外傷で腹膜炎を起こしていないか、さまざまな画像や検査でも調べるのですが、診察をして手で触ってみることで分かることもあるのです。若い先生たちに任せていて腹膜炎に気づくのが遅くなり、手術をしても、術後にいろいろな合併症を発症して治療に難渋したということもあります。あの時もう少し早く診察していたら患者さんに迷惑をかけなかったかもしれないのにということは、医者である以上は必ず経験するでしょう。治療が長引いたのは私が早く診なかったからだとなると私の責任である、そうすると結果的に私の責任ということにもなり、時に最悪の結果にもなることもあります。
 縁次第ではどんなことをしでかすかもしれない。愚かで迷いを繰り返している私が救われるためには、阿弥陀仏の本願が必要なのです。仏の智慧によって、一瞬一瞬、一日一日を生きている、生かされていると思えるようなってきたら、時間のとらえ方が変わるのです。

■念仏によって時間が変わる
 仏の智慧をいただく、具体的にはこの講演会のように仏法を聴聞することで、私の姿がはっきりと分かってきます。法話を聞かずに科学的な知識だけ判断すると、ものごとを対象化して見てしまいます。たとえば時間というものを、過去から現在そして未来へと一定に流れていくものと考える。これをクロノス時間と言います。私はこの時間を向こう側に眺めて見るだけで、私自身とは直接は関係ないのです。
 これに対して切断された一瞬をカイロス時間といいます。身近なところでは誕生日とか結婚記念日といったようにカレンダーの中にポッと出てくる時間です。『歎異抄』でいえば第一条の「念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき」です。
 私たちが善き師・善き友に出遇って、私もお念仏して生きていこうという気持ちが起こってきます。その時に念仏の背後にある祖師の言葉や先生の言葉を憶念させていただき、その思いが持続し忘れない。クロノス時間という量的な時間を生きていた私が、カイロス時間という切断された質的な時間をいただくようになると、一刹那だけれども永遠の時、つまり無量寿という仏の世界を生きる私に育てられていくのです。
 私は細川先生からこういうふうに聞かされてきました。「皆さんがすぐに分かるとは思ってはいません。皆さん方の孫の代に念仏者が誕生すると思って、今こういう講義をさせていただいております」と。遥期果上、近励因行(遥かに先に結果を期待して、近くその因になる行に励む)、先生は遥か未来を見通しておられたわけです。
 私たちは過去のある時に生まれて未来のある時に死ぬというように考えがちですが、三世を貫く仏の時間(無量寿)と接点が持てると、死は単なる通過点でしかありません。お念仏の世界を生きるようになると、今日を目的の日(明日のための今日ではない)であるように取り組み、今日を精一杯生きたら後はおまかせになれるのです。
 大峯顕先生の講義録を読んでいて、次のような言葉を知りました。ドイツの哲学者フィヒテ(1762-1814)の言葉だそうです。「死というものは、どこかにあるのではなくて、真に生きることのできない人に対してのみある」。いつも明日こそ明日こそ(明日が目的で、今日は明日のための手段・道具のように処する)と言って、今、今日を生ききれていない人には死があり、今日を精一杯生きている人には死はないのだというのです。
 今を生ききるということを、清沢満之先生は「天命に安んじて人事を尽くす」と言われました。今日、自分に与えられた場を引き受けて完全燃焼する。そういう人には死は問題ではなくなるのです。「死が人を殺すのではなく、死せる人間、生きることのできない人間が、死を作り出すのである」ともフィヒテは言っています。
 精一杯生きたといっても、そこにお念仏がないとだめなのです。念仏が天命に安んじる世界に導いてくれて、結果として「精一杯生きる」ことに導かれるのです。私が思っているだけでなく、どうか仏さまご照覧あれ、とお念仏で「おまかせ」できたら死んでいけるんだということです。
 患者さんの中には「健康で長生き」と言って身体のことを非常に気を付けている人がいます。あの人より長生きしたら勝ちだなどと考えるのは煩悩です。私はつい嫌味で「あなたは健康で長生きして何がしたいのですか」と聞くのです。そうすると「いや別に何もないのですけど」とか「いま探しています」などとお答えになります。
 このように、お念仏によって時間が変わるというのは、私たちにとっての救いではないでしょうか。

■自分の身体に感謝
お念仏の世界を生きるようになると、感謝の世界が与えられます。私がここにいるのは当たり前ではなくて、多くの因と縁によって生かされている世界が、仏の智慧によって気づかされてくるのです。
 就学前の男の子が外で遊び回って帰ってきて、疲れて「足が痛いー」と叫んでいる。お母さんはおそらく仏教にご縁がある方なのでしょう、子どもの足をなでてあげながら、「足さんありがとうね、きょう一日坊やを支えてくれて」と足に話しかけました。さらに「もうちょっとすると寝んねするからそれまでもう少し坊やを支えてあげてね」と繰り返していたそうです。しばらくすると男の子が自分から「足さんありがとう」と言って、それから足が痛いと訴えることがなくなったといいます。
 高齢の患者さんたちは口々に、「先生、年とっても何も良いことはないね。耳は遠くなる、目はうすくなる、腰は痛くなる」などと言っています。そこで「今まで八十年間も支えてもらった身体に、お礼を言ったことがありますか」と尋ねますと、そんなこと考えたこともなかったとおっしゃいます。若い時のように無理がきかなくなってきたら、いたわりながら使ってゆかなければいけないなと思えてくるでしょう。無理やりに感謝するのではなく、ここまでよく支えてくれた、そうとしか思えないではないかと仏の智慧の視点に転じてくるならば、現実の受けとめ方が変わってくるのです。
 仏の智慧をいただくことによって、とらわれがなくなります。「健康で長生き」もとらわれの一つです。七十歳を超えた私のいとこから、「茶色い痰が出るから検査してくれ」と言われ、何を心配しているのかを確認すると、肺がんが心配だという。聞くと若い時に蓄膿症の治療などを受けたこともあるというので、痰が出るのはもしかしたらそっちからと考えて、いろいろな可能性を説明して、どうしても症状が続けば検査をしようと時間をかけて説明をしたことがあります。このいとこは前から「健康で長生き」にとらわれる傾向にあるのですが、健康とか、長生きということに執われて振り回されている一面を見せてくれます。そういうとらわれから解放されるのも仏の智慧のおかげです。
 自分に与えられた現実を受けとるためには、仏の智慧がなければなりません。浄土教で智慧というのは、南無阿弥陀仏の教えに出遇うことから始まります。
 直接すぐに救われるということには結びつかないかもしれませんが、弥陀の誓願、本願、南無阿弥陀仏という仏の心にふれる機会に恵まれたのは、たまたまのご縁でお念仏を勧めてくれる善き師・善き友に出遇えたからでしょう。法話の場に行って相談したり仲間と話をするうちに、仏の智慧に触れて、ここに解決する方法があるだろうとうすうす感じることができて、聞くべき教えをいただいた、念仏して生きていこうと導かれるでしょう。そしてあるがままを念仏して受けとめる勇気を頂くのです、それが救いということの一面であろうと思います。
 浄土真宗では、浄土三部経と親鸞聖人や多くの先輩たちが思索してきた結果が「聖典」や著作としてまとめられて用意されています。善き師・善き友、そしてその方々にご縁のある僧伽(さんが)は気付いてみれば、与えられていた、恵まれていたとしか思えません。

■修行の途中に壁がある
 私たちが仏教をどうやって受けとっていくかということを、法相宗の唯識では修行の五段階(五位)で説明します。第一段階は資糧位といい、世間で振り回されていた私たちが少し仏教のことを勉強しようと思って、もとでになるものを集めて(資は資料、糧は食糧です)、いろいろ聞いたり考えたりする状態です。第二段階は加行位で、修行していこうとする段階です。第三段階の通達位は聖道門ならば悟り、浄土門なら信心を得ることです。第四段階の修習位はさらに本格的な行をすること、第五段階の究竟位は仏に成ることです。
 私も若い頃は、仏教を学んでいくにはこうやって一歩一歩昇って行けばいいのかと勇気づけられていました。けれども実際には、第二段階と第三段階の間には壁があって簡単には越えられません。私たちは通達位の手前で行きつ戻りつして、なかなか信心、悟りを得ることができないのです。
 この壁を前に、自分には仏教は難しいからやめようと、去って行く人も少なくありません。私の先生は、仏教の仕事は非常に効率が悪いんだと言っていました。何千人もの学生を指導したけれども、残ったのは十人ぐらいかなというのです。みんなこの壁で跳ね返されてしまう。どこが問題なのかというと、ここまでは自分の力で何とか行けるのです。しかしここから先は、仏の智慧の力が必要な世界だということに気づかされてくるのです。仏智によって照らし育てられ、自我の殻が照らし破られる。
 浄土教ではお念仏をいただくということが大切になります。しかしそのお念仏申していこうという仏の智慧に触れてみると、結果として、自分の力だと思っていたのが、仏のご配慮の賜物であったと思われるわけです。自分が勉強したり聞法したりしていたのも、それは私の力ではなく、さまざまな因や縁で私に願い、私にはたらきかけ、私をそういう世界に出させようとしていた多くのおかげさまの中で、私がこの歩みをさせられていたんだと知らされるのです。

■後は仏さまにおまかせ
 浄土教では、南無阿弥陀仏の教えが善き師・善き友を通して私に届いてはたらき、私の信心となって、仏の智慧をいただきます。その智慧の内容は、あるがままを正しく、執われなしで見る視点であり「念仏する者を浄土に迎えとるぞ」ということです。南無阿弥陀仏の教え(教)は百パーセント仏の教え、はたらき(行)も百パーセント仏のはたらき、智慧(信心を頂くとは智慧を頂くこと)も百パーセント仏の智慧であり、智慧を頂いた者は必ず念仏(証)する。私たちにとってお念仏の世界は仏さまの一人ばたらきであったのです。
 具体的には南無阿弥陀仏と念仏します。愚かで迷いの多い、損得・善悪・勝ち負けなどに振り回されている私に、仏から善き師・善き友を通して届けられていた教えだったのです。お念仏させられる時に、時間や物事の受けとり方が変わり、私の見ていたものが表面的で浅く、狭いと知らされ、とらわれから解放され、仏さまの智慧の世界で精一杯生きる道に導かれて、私に与えられた現実を仏さんからいただいた仕事として取り組むことになるでしょう。
 そういう仏の世界に触れることで、常に念仏して精一杯生きることに励み、後はお任せ、死ぬということも仏におまかせになるでしょう。
 私は中津の国立病院で外科の責任者をしていた四十歳の時、がんで亡くなっていく人にどういう言葉をかけたらいいでしょうかと細川先生に質問したところ、先生は二つのことを教えてくれました。一つは、「おまかせするということを言ってあげたらどうか」。医療のことは医師と看護師におまかせ、家庭のことは家族におまかせ、職場のことは同僚におまかせ。これならば私も言ってあげられるなと思いました。
 そして二つめは、「仏さまがいらっしゃるとしっかり言ってあげてください」。私は聞法して十七、八年経っていたのに、「仏さまがいらっしゃる」と言ってあげることができませんでした。仏法はいいなあということは受けとれていましたが、あらためて仏がいるとはどういうことなのでしょうか。
 善き師・善き友を通して南無阿弥陀仏が私に届けられていて、私の愚かさと迷いの姿を照らし出すはたらきにおいて、仏さまはいらっしゃる。と同時に、「念仏する者を浄土に迎えとるぞ」と摂取不捨してくれる仏に、私たちはおまかせで一日一日を精一杯生き、願生浄土の歩みをする。私が生きていくことの物語、死んでいくことの物語は、私が長い迷いを超えて目覚めてゆくという大河ドラマの一場面として受け取れてゆくでしょう、この世に人間として生まれ、仏法に出遇うチャンスをいただいた、そして今、サンガに出遇い、尋ねるべき教えに出遇って、お念仏して一日一日を生きさせていただくのである。後は仏さまにおまかせしておけばいいことであって、私にできることは、今、ここで、精一杯生きることだけです。
 仏教で救われるとは、おまかせできる世界に出遇えることです。この世での縁が尽きれば必ず仏に抱き包まれて、浄土に帰ってゆくのです。私を超えた南無阿弥陀仏というお念仏になって、悩める衆生を助けるはたらきをしろと仏さまから言われれば私の役目としてやらせていただきますが、今のところそれは仏さまにおまかせでいいのではないでしょうか。
 医療と仏教は同じ生老病死の課題に取り組み、両者の協力で人々の苦しみを取り除いていかなければならないと考えています。死は通過点に過ぎない、そして後はおまかせということで、お念仏の救いの一側面をご紹介させていただきました。【終】 2015(平成27)年5月22日に開催した在家仏教協会福岡講演会の筆録に加筆訂正したものです。(編集部)

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