〜1986年8月23日〜

水月(6歳)・水月母・水月父は、海に来ていた

人気スポットというわけではないので、人の数もまばらな海である

水月は浅いところを、母と一緒に、浮き輪でぷかぷかと浮いている

父はというと、車のところで荷物を出している

これからここでバーベキューをやるというのだ

空は青空

程よい暑さ

これだけを見れば最高の日だった


水月父「お〜い、母さん、ちょっと手伝ってくれないか?」

水月父は、ちょっとバーベキューセットを出すのに戸惑っていたため、
水月母に助けを求める

水月母「はいはい、今行きますよ〜、じゃあ水月、ここでちょっと待っててね。」

本当はこういうときは陸に上がらせて待たせないといけないのだが、余りにも気持ちよさそうに
水の中に入っているため水月母は、水月を水の中で待たせることに決めた

それが、悲劇の始まりだった


水月母「だから、こうやってやればいいのよ・・・」

水月父「そうか・・・簡単だったな・・・」

水月母「ほら、早く準備して、あなたも海に行きましょうよ・・・」

水月父「そうだな・・・」

水月母「水月もあそこで待っていることだし。ほら、あそ・・・って、水月!!」

水月母は確かにさっき水月を待たせていた場所を指差した

しかし、そこには水月の姿は見えなかった

水月母・父は、走ってその場所へ行った

水月母「水月!!水月!!」

この叫びをききつけ、周りにいた人たちも集まってきた。

水月母「水月が・・・水月が・・・!」

男1「どうしたんですか・・・」

水月母「さっき、子供をここで待たせていたのですが、
    1分ぐらい目を放した隙にいなくなっちゃったんです」

男2「あれじゃないのか?あそこに浮き輪と、人の影みたいなのが少し見えるぞ」

水月母「ああ・・・あれです!あの浮き輪に乗った・・・
    私の子です!助けてください!あれが私の子なんです!」

男2「ここの波は、高いのが特徴だ・・・だから、ここだけはあまり泳ぐ人がいないんだ
   浅いところにいるのならいいが、深いところでは波に飲まれたらほんと一瞬だ
   ごめん・・・俺では力になれない・・・」

水月父「よしっ、じゃあ俺が行くぞ!」

男1「無茶だ!水泳の経験者ならともかく、いや、経験者でも危ないと思っているこの場所で、
   あんたが行くなんて無茶すぎる。
   自分の命まで落とすことになるぞ!」
水月父「じゃあどうすればいいんだ!」

女の子「私が行く・・・」

全員「えっ?」

返事をしたころには、もうその女の子は、見えないところにいた

波が来てもものともせず、泳ぎ、水月のほうへ泳いでいった

もう少しで水月のところに手が届くというところで、
すごい高波が来た

もうだめだ・・・女の子も水月も助からない・・・全員はそう思った・・・

次の瞬間いっせいにみんな喜びだした

女の子は、水月を助けて帰ってきた

水月は、見ていた

水に流されて、もうだめだというとき、助けに来た女の子の姿を

女の子の泳いでいる姿は、水月の心に焼きついた

そのあと、水月母が聞いたところによると、
その女の子の名前は小林さやかといい、歳は水月の3つ上らしい


1度おぼれ、水月は水に恐怖を持つと思われたが、それよりもあの女の子の泳ぐ姿を見て感動したらしく
水泳を始めた

あの人のようになりたい

憧れだった

新聞(県内版)の水泳の記録を見ると、その人の名前が載っていることがたまにあり

ますます憧れ度を増していた

ただあの人のようになりたいという憧れが、水月をどんどん本気にさせた

誰よりも水泳をがんばった

水月は自信を持っていた

そして、その自信が確実だと感じた時・・・

それは、4年後の夏・・・




1990年8月21日


水月はいつものように、海に来ていた。

この日も天気は快晴

あの日のように人の数はまばら

近くには4人家族で来ている人たちがいた

遙母「あらあら・・・茜ったら、浮き輪もって、あんなに走っていっちゃって」

「だって水の中気持ちいいもん!」

遙父「ほら、遙も、茜みたいに、水のところにいってきたらどうだ?」

「そうだね・・・」

「ほらほら、お姉ちゃん!こっち!!」

遙は茜よりは3歳年上だが、会話だけを見てればそんなふうには思えない

むしろ、茜のほうがお姉ちゃんで、妹の遙を引っ張っているという感じだ

「お姉ちゃ〜・・・わっ・・・流される〜助けて!!」

たまたまそのときに来た波がかなり強かったため、茜は見る見るうちに奥に流される

この波は強い

水月や、周りの人たちは、茜の悲鳴を聞いて、駆け寄ってきた

水月「どうしたの?」

「あかねが・・・あかねが・・・」

遙母「茜っ!!」

遙父「よし、母さん、私が助けてくる。ちょっと待っててくれ!」

男3「あんた、だめだ!助けに行ったって無駄だ!あんたこそ流される
   ライフセイバーとかそんな人たちならともかく、あんたは無理だ!」

あの子が流される・・・

私があの時体験したこと・・・

あの時は恐怖でいっぱいだった

あの子も今同じような目にあっている

きっと、あの子は助けを待っている

私・・・行かないと・・・

私が助けに行かないと・・・!

男4「よしっ、おれライフセイバー呼んでくる。って、お嬢ちゃん!!」

水月は海に入っていった

波は来る

いつもなら波に負けることがあったが、今日は不思議と抵抗を感じなかった

水の抵抗よりも思いが勝っていた

独りぼっちになって心細くて・・・怖くて・・・

そんなときの助けは・・・神の祝福のようで・・・

男3「おい!さっきの話を聞いてなかったのか?危ないって言ってるだろ!」

気にしない・・・そう・・あの時私を助けてくれた人は命がけだったんだろう

私も・・・あの人のようになりたい

そして、あの子を助けたい

そのこのところにたどり着いた

水月「さあ、つかまって!」

「お姉ちゃん助けに来てくれたの?」

水月「そうだよ。」


私があなたの不安を・・・恐怖を・・・拭い去ってあげる・・・

私があの日感じた恐怖を・・・あの人が拭い去ってくれたように・・・

私は、泳いでみんなが待っているところへ帰った

流されていた子を連れて

私、やったかな?

あの人に追いついてきてるかな?

私が高校に入学したとき、遙という、あの日、流されていた子のお姉ちゃんが、
同級生として、入学してきた

遙とは、結構話が合い、仲良くなる

あの後、あの子は私に憧れて水泳を始めてくれたという

私は、やったよ!

あの人のようになれた!

でも・・・一つだけ・・・

私はあの人におれいを言いたい

あの日以降、あの人には会ってない

だから、お礼が言いたい

水泳を始めたという、あの日のおぼれかけていた「茜」と、仲良くなり、
時には水泳で張り合って、色々とやっているけど、

やはりお礼が言いたい

でも、県内といってもかなり遠くに住んでいて、連絡先も分からない

何度か、その場所に言ってみたりもしたが、会うことは出来なかった

一つだけ・・・

もし、あの人が水泳を続けているのならば・・・

あの人なら・・・

オリンピックに出るかもしれない・・・

だから・・・

私も・・・

オリンピックを目指して・・・

水泳をやっている上で、オリンピックは目指してはいたが、

高すぎる壁のように感じていた

でも・・がんばる

そして・・・



ただいまより、オリンピックに出場する、水泳のメンバーを発表します

「速瀬水月。」

「涼宮茜。」

「小林さやか。」

あの人はいた

確かに・・・いた

あの日見たあの人とは変わってしまったけど

それでも顔を見ればあの人だって分かる


お礼はした

あの日のことを話して。

私にはすごく重要なこと

あの人は、「まあいいよ」みたいに切り返したが

私はあなたに憧れて、がんばってきたんだから。

そして、当日

水泳のリレー

あの人と、茜と、もう一人、水泳で金メダルを取ったことがあるというベテランの選手で泳ぐ

私は、あの人の次

あの人は、きれいに泳ぐ

もうすぐ返ってくる

次は私の番だ

「私は、あなたからたくさんのものをいただきました
 がんばってきます。
 精一杯がんばってきます」

私は、泳ぎ始めた。



―――あとがき―――

前半は説明的場面が多かったため、それぞれの台詞には名前が書いてありますが、
後半は水月視点の世界がずっと広がっているため、台詞も名前が書いてありません

いつもは、コミカル系で攻めているのですが、
たまにはということで、別の方面でいってみました。
あまりなれていないので、反応はどうか分からないので
感想くれると嬉しいです。



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