マタイ福音書(抜粋)

「何が見えていたのか」―二人の盲人―
(2016年4月17日秩父教会と花小金井教会の合同礼拝説教)
 
マタイ福音書9・27~31
イエスがそこからお出かけになると、二人の盲人が叫んで、「ダビダの子よ、わたしたちを憐れんでください」と言いながらついてきた。イエスが家に入ると、盲人たちがそばに寄って来たので、「わたしに(これが)できると信じるのか」と言われた。二人は「はい、主よ」と言った。そこでイエスが二人の目に触り、「あなたがたの信じているとおりになるように」と言われると、二人は目が見えるようになった。イエスは、「このことは、だれにも知らせてはいけない」と彼らに厳しくお命じになった。しかし、二人は外へ出ると、その地方一帯にイエスのことを言い広めた。
 
 
オーディオ・ビジュアル(AV)の時代です。スターウォーズなどSF映画やプレーステーションなどのゲーム機の映像と音響の迫力やリアルさは驚くべきものです。いまどきの小学生は、こんなすごいもので育っていくのです。
70歳になった私が小学生であった頃のAVは紙芝居です。拍子木や太鼓で子供たちを集めます。オーディオはおじさんが一人で担当します。黄金バットの声と若く美しい女性の声の両方を担当します。雷の音、うぐいすの鳴き声、ピストルも、音はすべて一人でやります。ビジュァルは紙に描いた絵ですから動きません。現代のAVとは大人と赤ちゃん以上の差。しかし、そんな幼稚な紙芝居でも、想像力が養われるという点では、スターウォーズよりすぐれているかもしれません。
現代の完全な動画には、それ以上何も付け加える必要はありませんが、動かない黄金バットが屋根に飛び上げるのを想像し、子供の頭の中でおじさんの太い声を女性の高い声に変換して聞かなければなりません。見ないものを見る目、聞こえない声を聞く耳を、昔の子供たちは養われました。
全盲の人はどのようにものを見るのか、私には想像するのが困難ですが、私の見ていないものを見ることができる能力があるのだと思います。見えるものを削除し、動くものを静止させ、音を消すとき、これまで見えなかった色々なものが見え、色々なものが動き出し、これまで聞こえなかった音が聞こえてくるのです。今日はとくにこれまで見えなかった自分が見えてくるなら、この説教の目的は果たされたと言うことができるでしょう。
 
何かを必要としている自分が見えていた
二人の盲人は、自分が何を最も必要としているのかをはっきりと見ていました。それゆえ二人の盲人は叫びました。周りの雑音にまぎれて聞き漏らされることがないためです。一回だけ叫んだのではなく、選挙中の候補者のように大声で叫びながらしつこくイエスについて来ました。イエスが家に入ってもそれであきらめるのではなく、彼らも家の中に入ってイエスのそばに近寄ってきて願い続けました。
目の前に色々なものが見えると、何が本当に必要なのかが見えにくくなります。あれもこれも必要だと思えてきます。「選択が多くあるほど幸福度は下がる」というキャッチ・フレーズがある本に書かれていました。大型電気店には無数の製品が並んでいます。その内の一つを買っても、隣にあった方が良かったかなと思えることがあります。デパートの婦人服売り場でも同じことが言えるでしょう。「フランス人は10着しか服を持たない」という本もありました。同じ趣旨の内容であるかもしれません。
有名な詩編23 でダビデは、「主は私の羊飼い、わたしには何も欠けることがない」と歌いました。ダビデがこの詩を書いたとき、おそらくイスラエルの王となって豪華な食事や調度品にかこまれる毎日であったのでしょう。しかしダビデがこの詩編を歌ったのは、王としての豊かな生活をしていたからではなく、貧しかった羊飼いの頃の生活を思い出したからだと思います。
貧しくて乏しいことばかりの羊飼いであったころ、神は本当に必要なものは必ず備えてくださるという経験をしたのです。様々なものに囲まれて生きているとき、本当の必要はなかなか見えてこないものです。私の友人がある裕福な家庭で家庭教師をしていたとき、握りずしが食事に出たときのことを聞きました。いつも貧しかった彼は飛び上がって喜んで食べたのですが、子供の方はまたかと文句を言って、まずそうに食べていたというのです。
私たちは、あれが足らない、これが足らない、と思っています。でも本当にそうなのか、目を一度閉じてから、もう一度考えてみる必要があります。私にいま絶対必要なものは何か、と静まって考えてみましょう。神は「わたしを憐れんでください」と叫び続ける者を憐れんでくださるのです。
 
憐れみが必要であることが見えていた
二人の盲人は何が本当に必要であると思っていたのでしょう。目が見えるようになることではありませんでした。彼らは「わたしたちの目を開けてください」ではなく「わたしたちを憐れんでください」とお願いしたのです。「憐れみ」が本当の必要であると悟っていたのです。「憐れみ」は上から下への言葉です。そのように叫ぶことは、自分を憐れな存在と認めていることであり、そう言うことは易しくはありません。
障害者の方々は親切心からであっても憐れみの対象として見るべきではありません。人間はすべて神の前に平等に造られているのであり、だれであれ他の人を憐れみの対象として見るべきではありません。しかし、神に対しては憐れみを求めるべきです。他の人の目に自分がどのように見えているのかを冷静に考えるのは有益です。とくに指導的な立場にある者はそうするべきです。たとえば、会社の上司、学校の先生、教会の牧師。まわりの人はそのような立場の者には本当のことを言いません。ですから自分で自分の本当の姿を判断する他はありません。しかし神の前に自分がどのような人間であるかを考えるのは、最も大切なことです。
 
必要が具体的に何であるかが見えていた
近寄ってきた二人の盲人にイエスは「わたしにできると信じるか」と尋ねました。原文には「これ」という言葉が入っていますので「わたしにこれができると信じるか」と言われたのです。「これ」とはもちろん、目が開かれることです。山や木、花や人の姿は見えなくとも、自分の目が見えないということはよく見えていたのです。
私たちの問題の多くは、「これ」が何であるかを知らないことからきています。いいかえれば、自分の目は見えていないことを知ることこそが解決の第一歩であるのです。自分の目は見えていないこと、自分は神の憐れみの対象であること、キリストは私の閉じた心の目を開けることができるお方であることを知らなければならないのです。
私たちは、問題は外から来ると普通は思っているでしょう。確かにそうです。しかし同時に、問題は私の内側からくるのです。そして外から来る問題が第一に問題なのではなく、外から来る問題に対して私が内からどのように対応するかが最終的にはすべてを左右しているのです。そこにいない人が見えないように、自分がいないと自分は見えません。自分がない人は、マッチで火をつけると燃え上がり、水をかけると火が消えるように、外からの刺激の通りに反応するでしょう。ほめられたらうれしい、たたかれたら悲しい。あの人は好き、この人は嫌い。寒い、暑い、と外の環境に対して応答をしているのではなく、ただ反応をしているだけなのです。そこには自分はありませんので、いつまでたっても自分は見えてきません。
赤ちゃんは、おっぱいが切れると泣く、おむつが濡れると泣く、たたかれると泣く、、、でいいでしょう。しかし、多くの人は死ぬまでそのままでいってしまうかも知れません。主イエスは言われました。「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい」と。これはもはや外からの刺激に対する反応ではありません。そこには自分があり、ボールが壁にぶつかってもどってくるような単なる反応や反射ではありません。与えた刺激に違うものが加えられたり悪いものの力が取り除かれたり、その人の人格を通して全く別の良いものになってはね返ってくるのです。あなたは自分がどちらのタイプであるかが見えますか。
  
 自分の必要を備える方が見えていた
自分の本当の必要を知るとき、それを与える方がだれであるかも見えてきます。本当の必要を知らないときは、あてはずれの方角に必要を求めて、あれでもないこれでもないと、この豊かな世界を限りなくさまよい続けなければなりません。自我に捕らえられている私を解放するのは、自我から完全に解放され他の人も解放できるお方でなければなりません。
釈迦は厳しい修行を全うし、自我から解放され悟りを開きました。しかし、それは自分自身の救いのためであり、弟子たちの救いのためには教えを与えました。キリストは御自分のためではなく、私たちの救いのために自分のすべてを与えました。自分が何をしているのかをすべてご存知でした。ユダヤの指導者の悪意あるたくらみや、ユダヤ人の無知なあざけりにただ反応していたのではありません。私たちを罪から解放するために十字架への苦しみの道を自ら選択しながら歩まれたのです。
 二人の盲人は「わたしに(これが)できると信じるのか」という問いかけに「はい、主よ」と答えました。彼らはイエス様の姿を見る視力はありませんでしたが、イエスを救い主と信じる信仰がありました。イエスの手は二人の目に触り、二人の盲人は信仰の手でイエスの心に触りました。信仰がなければ彼らはそれから後もずっと暗闇を歩かなければならなかったことでしょう。しかし信仰を通して彼らの目が開かれたのです。二人の盲人は、同病相憐れむ暗闇の友から、光の友という新しい関係になりました。
その後イエスは、二人の盲人に「このことは、だれにも知らせてはならない」と言われました。目を開けられた方は、なぜ口を閉じるようにと命じられたのでしょうか。婦人病の出血が止まったことは、宣言されなければ誰にも分からなかったのですが、目が開かれたことはそうする必要はありませんでした。また、まだそうする時期ではなかったのです。人々がイエスを政治的な救い主として祭り上げてしまいますから。しかし喜びのあまり彼らは命令に従わずその地方全体に言い広めてしまいました。彼らは信仰はもっていたのですが、イエスの言葉に従うことはまだ学習していなかったのです。
私たちの心の目を開いてくださった方のことを、私たちはもうだまっている必要はありません。いや黙っていてはいけないのです。イエス・キリストは罪からの救い主であることが新約聖書ではっきりと宣言されているからです。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えなさい」(マルコ16:15)という主イエスの命令に従わなければならないのです。
 
 南部さん
神がおられるのに世はなぜこんなにも不公平なのか。常に問われてきた問題であり、今も明確な答えはありません。健康に関してだけでも、生まれつき病弱で人生の多くの時間を病院ですごす者があり、病気らしい病気をしたことがないといううらやましい人もあります。目が見えないことは、最大のハンディキャップの一つであることは言うまでもありません。
私が牧師という職業をはじめてからは、どういうわけか、目の見えない方々が近くにいました。最初に赴任した教会と二番目に赴任した教会の、それぞれの隣の教会の牧師はどちらも全盲であり、会議などがあるときには少しのガイドをさせていただきました。最初の赴任地では、ハンセン病の療養所にある教会で月一回の礼拝説教奉仕も勤めましたが、そこでは約三分の一が全盲で、白い杖をついて丘の上にある教会まで息を切らせて上ってこられるのが印象的でした。
療養所の盲人会の会長を何期もつとめておられた南部さんは、視力を失った最初のころのつらかった経験を書いておられました。南部さんは近づいてくる婦人を自分の奥さんと勘違いし、「いまじぶんまで何しとったんや」とどなりつけてしまいました。そこで自分の奥さんに「お前だと分かるように腰に鈴をつけてくれ」と言うと、「そんな恰好の悪いことできるもんかね」と断られました。それならよく匂う香水でもつけるようにとも言いましたが、「人から誤解されても困る」と言ってまた断られたというのです。
妻をどなりつけ、自分がみじめになり、「お気の毒に」と人から同情され、最もみじめになっていたころです。いつもだれかがもってきてくれる果物をただ食べるだけではなさけないというので、手探りでやまももの木に登り、鈴なりになっている熟した実を食べはじめました。そうすると歯にカチンンとあたるものがあり、驚いて確かめてみるとかたつむりであったというのです。南部さんはこのように書いています。「小さなかたつむりがこんな高いところまで登ってくるのには、かなりの長い時間を要したことであろう。眼をもたないかたつむりでさえ精いっぱい生きているのに、大の男が眼が見えなくなったぐらいでくよくよしているなんてはずかしい。」私はおだやかで紳士の南部さんしか知りません。でも様々な苦しみ悲しみを経て、あの人格があるのだなあと分かりました。肉体の目は見えなくなっても心の目が開かれたのです。そうでなければ、奥さんをどなりちらしている自分がみじめであるとさえも気が付かなかったはずです。
 
結論
目を開けるという行為は、聖書ではいつでも神の働きとして書かれています。「主は見えない人の目を開き、主はうずくまっている人を起こされる」(詩146・8)。「一体、誰が人間に口を与えたのか。一体、誰が口を利けないようにし、耳を聞こえないようにし、目を見えるようにし、また見えないようにするのか。主なる、わたしではないか」(出エジプト4・11)。そうです、自分の目で見たいものを見ていたとこれまで思っていたのですが、実は肉体の目が見えることも、耳が聞こえることも神の働きであったのです。心の目が開かれることは、最も偉大な神の働きであり、聖書はこれを救い主の働きと結び付けて語っています。「そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く」(35・5)。
足の立たない人が起き上がり、死人が生きかえり、目の見えない目が見えるようになったとき、人々は神の働きだと驚き賛美しました。しかしその前に、そもそも命があること、健康であること、目が見えることも神の恵みであったのです。そしてその段階で感謝をすることのできる者は非常に少ないのです。それが分かることが、心の目が開かれることではないでしょうか。南部さんは、もも木の上で心の目が開かれはじめたのだと思います。