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4.いじめの原因
 
 リスペクト
いじめの原因は何でしょうか。周辺的な原因は一つではありませんし、おそらく非常に複雑です。しかし根底にある原因は非常に単純です。たとえば、人に敬意を払わないこと。敬意を払うことは1人ではできませんので、人間関係を表わす言葉です。家庭にそのような雰囲気がないため、その家庭で育った子供たちは人に敬意を払うといことが分かりません。父親と母親が互いにバカにしているか、どちらかが他方をバカにしている。父親や母親からいつも「お前はダメな子」と言われている、人間として敬意を払われたことがない、と感じているなど。そのようなマイナスの経験がいじめっ子の根底にあるのではないでしょうか。敬意は英語ではrespect(リスペクト)。
 聖書でいじめが最初に発生するのは、実に聖書の最初の部分であり非常に激しいものです。兄のカインンが弟のアベルを原っぱに呼び出しそこで兄は弟を殺しました。その原因は兄の献げものに「主が目に留められなかった」ことと記されています。「目に留める」と日本語に翻訳された言葉は、英語の聖書ではrespectです。「主はアベルとその献げ物には目を留められたが、カインとその献げ物には目を留められなかった」(創世記4:5)のです。カインに原因があったことは確かですが、なぜかは具体的に聖書は教えていません。自分は目を留められなかったということが、最悪のいじめである殺人の根本的な原因になったのです。
 英語でrespectと翻訳され、日本語の聖書では「目を留める」と翻訳されている個所が新約聖書にもあります。「立派な身なりの人に特別に目を留めて、『あなたは、こちらの席にお掛けください』と言い、貧しい人には『あなたは、そこに立っているか、わたしの足もとにと言うなら、、、』(ヤコブ2:3)。創世記とヤコブ書はそれぞれヘブライ語とギリシャ語ですが、日本語でもどちらも「目に留める」英語ではrspectと翻訳されているのは興味深いことであり、偶然ではありません。 
 いじめの問題に戻りますが、いじめっ子がいなければいじめの問題はもちろん発生しないのですが、いじめっ子は何らかの意味で、「目を留められなかった」と感じているのだと思います。誰かから公に見られている場合であれ、見られていると感じられている場合であれ、クラスのみんなから目を留められ恐れられるなら、非常に気持ちがよいのです。