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5.自慢しない人・高ぶらない人
 
ねたみと密接な関係にある罪は、自慢と高ぶりです。この二つは一枚のコインの裏表の関係にあります。つまり、自分が下のときにねたむ者は、自分が上になれば自慢し高慢になる人です。「空の車ほどガラガラとうるさい音をたてる」ということわざが韓国にあります。
自慢はそのような人格から出た自分に対する態度であり、高慢は同じ心から出た他人に対する態度です。パウロはまた「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分より優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい」(フィリピ2:3、4)と言っています。
でも自分より能力が小さい者を、なぜ自分より優れていると考えることができるのでしょうか。これは「わたしなんか」という日本人の得意の挨拶をすすめている文章ではありません。そのように言う人は、しばしば「わたしこそは」と思っているのです。
ねたみ、自慢、高慢はどれも、自分と他の人の部分しか見ていないことからくる誤った態度です。どんな人でも良いものを持っているものです。それは必ずしも華々しいものではなく、地味で人の目から隠れているかもしれません。それゆえ見逃していまいます。しかし愛はそのような目立たない他の人の長所を見ることができるのです。
旧約聖書の箴言には「偽りの天秤を主はいとい、十全なおもり石を喜ばれる」(11:1)という言葉がありますが、ねたみ、自慢、高慢の別の表現です。「偽りの天秤」とは、インチキのおもりを使って、自分の長所は重く短所は軽く、そして他の人の長所は軽く短所は重く量ることです。