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手術
「願わくは 過不足なき 手術せん 一例一例 我が師なりけり.(癌研 国手 故西満正先生)」
という言葉があると京都府立医科大学第二外科の研修医時代に教わった。また、当時の第二外科の教授からは「患者さんを自分の家族だと思えば、自然と必死にベストの医療を模索して勉強するはずだ。」と指導された。今も沁みる言葉である。
昭和62年に京都府立医科大学 医学部を卒業してから、30年もたっている。
医者になりたての頃、外科といえば、消化器外科 とくに胃癌の手術が花形との実感があった。アッペ(虫垂炎) ヘモ(痔核) ヘルニア(脱腸)の三種をしっかり診断 外科治療ができて、つぎの段階で開腹胆のう摘出術、そのつぎが胃潰瘍に対しての単純胃切除 しっかり腕が安定してから 胃癌に対して、胃亜全摘、さらに胃全摘へと段階を踏んで登って行った。当時はまだ、手術には金属の大きなペッツと手縫い吻合の時代であった。縫合する内臓組織に針を通すときに針をこじて、組織を損傷しないように厳しく注意された。
時代はながれながれて 時は2016年になった。アッペも抗生物質がさらに強力になった感があり、ベクセル切開で小さく手術をやるんだと言っていた時代から、いまや、内視鏡手術で虫垂炎も手術対応となってきている。ヘモも、腰椎麻酔で手術が基本的であった時代から、痔核の硬化療法が急速に進化発展してきた。ヘルニアも、ヘルニア門を狭小化したり筋膜を修復する方法から、人工物であるメッシュプラグ法にかわり、さらに内視鏡を用いてより整容性のよい手術に進化してきている。
胃癌も胃カメラ内視鏡が観察だけの世界から踏み出して、小さな深達度の浅い胃癌の内腔から切除摘出から、ドンドンと適応範囲を拡大しつつあるESDの治療法の進化も昔は、想定しえなかった世界である。胃のバリウム検査から内視鏡の診断治療法への進化であり、「噴門部領域の胃癌=胃全摘と脾摘リンパ節郭清」が必須の時代から、所属リンパ節転移に対しての抗がん剤投与の有効性の向上を背景に 手術のみで、摘出のみで、悪性新生物を治癒せしめるとのある種シンプルすぎる治療パラダイムは燻んだものになってきたのかもしれない。
手術道具のほうも気が付いてみると大きく進化してきた。外科の手術医療機器については、従来のSurgeryの「メス、結紮、縫合」から、Interventionsの「エネルギーデバイス、ステープラー、Fusion」との電気デバイス化により、個人の身体的な能力に関わらず、より普遍的に操作ができるようになってきた。昔は、糸結びを只管練習したものであったが、いまは括らずにFUSION(癒合)させて、同じ意義の手技を完遂できる。
抗がん剤も、プラチナ系の点滴必須のお薬は、がん細胞の増殖に関する代謝拮抗剤の代表であり、多かれ少なかれ正常の細胞への障害、副作用が必須であった。抗がん剤投与の質の改良は、副作用のコントロールの改良の歴史でもあった。近年は、がん細胞の分裂増殖に関係する成長因子の受容体への拮抗剤、さらには耐性遺伝子の様々な部位別にIC50の違いが明確になり、投与薬剤の選択が可能となっている。放射線治療として、粒子線治療機器が先進医療として認められ、切除不能肺がんの患者に対する局所治療を試みる時代がしっかりと始まろうとしています。
呼吸器外科の世界では、微小腫瘍の摘出のためのリピオドールマーキングの手術、より安全な手術手技にやくにたつようにと、ロータリーダイセクターや、究極の滑面で造りこまれた胸腔鏡用の手術道具「ミラー鉗子」などを産学連携で実際の臨床使用に役立てています。
がんの医療では、外科治療、化学療法、放射線治療の3分野がそれぞれに進化し続けている。
高齢化社会の深化する日本においては、「過不足なき 手術」は、新たな大局観を求めるものになってきているのかもしれません。
「一例一例」じっくりと 向き合います。
京都府立医科大学 呼吸器外科 病院教授(北部医療センター)
島田順一