研修医宿題
ALI/ARDSの診断基準と治療方法
小野山 紗代
ALI(acute lung injury急性肺損傷)/ARDS(acute respiratory distress syndrome:急性呼吸窮迫症候群)の本態は肺胞領域の非特異的炎症による透過性亢進型肺水腫であり,広範な肺損傷がその特徴とされる.臨床上は,肺胞虚脱とシャント効果によって低酸素血症に陥り呼吸困難を呈する.意識が明瞭であれば不安,不穏となる.
【診断基準】
先行する基礎疾患を持ち,急性に発症した低酸素血症で,胸部X線写真上では両側の肺浸潤影を認め,かつ心原性の肺水腫が否定できるもの.さらにPaO2/FiO2の値が300以下であればALI,200以下であればARDSである.
|
経過 |
酸素化 |
胸部X線写真所見 |
肺動脈楔入圧 |
ALI |
急性 |
PaO2/FiO2≦300mmHg
PEEPの値によらず |
両側性の浸潤陰影 |
測定時には≦18mmHgまたは理学的に左房圧上昇の所見がない |
ARDS |
急性 |
PaO2/FiO2≦200mmHg
PEEPの値によらず |
両側性の浸潤陰影 |
測定時には≦18mmHgまたは理学的に左房圧上昇の所見がない |
【薬物療法】
生存率の改善をエンドポイントとしたRCTによって有効であると判断された薬剤はない.しかし,ARDSの予後が不良であることに鑑みると,呼吸機能の改善や人工呼吸器使用期間の短縮など有用性の期待できる薬剤の使用は妥当であると考えられる.
現在,本邦で使用可能な薬剤は,グルココルチコイドと好中球エラスターゼ阻害薬である.また,今後有効性が期待しうる薬剤として活性化プロテインCがある.
グルココルチコイド
ARDSの病態に有益な作用を持つ可能性は十分に考えられるが,投与量や投与時期,投与期間など投与法に関して推奨できるエビデンスはない.本邦では,ステロイドパルス療法として,急性期よりMP1g/日を3日間投与し,以後漸減する方法がよく用いられている.また,初期の段階より2mg/?/dayを6時間ごとに投与するearly low-dose steroid therapyが有用であったという報告もなされている.
好中球エラスターゼ阻害薬
SIRSに伴う急性肺損傷症例を対象としたRCTにて,生存期間には影響を与えなかったものの,所見の有意な改善のほか,人工呼吸器装着期間や集中治療室在室期間の短縮も認められ有用性が証明されている.
抗凝固療法(アンチトロンビン・遺伝子組換え型活性化プロテインC)
ARDSには,しばしばDICや血小板減少など全身の凝固異常が合併する.全身および肺局所の凝固異常はARDSの病態の増悪に寄与すると考えられ,抗凝固療法がARDSの治療に有効である可能性が示されている.
その他の薬物療法として,抗炎症作用としてプロスタグランジンE1やトロンボキサンA2阻害作用をもつケトコナゾール,シクロオキシゲナーゼ阻害薬のイブプロフェンなどがあるが,いずれも有用性は示されていない.抗酸化薬であるN-アセチルシステインや,その類似体のプロシステインは肺損傷期間の短縮を示した.本邦では各種プロテアーゼ阻害薬(メシル酸ナファモスタット,メシル酸ガベキセート,ウリナスタチン)が多用されている.これら薬剤については有効であったと思われる症例は報告されている.
【呼吸管理療法】
ARDSについて有効性が証明された呼吸管理法はいまのところ低容量換気のみである.これは,一回換気量は10ml/kg以下に,吸気終末のプラトー圧は30cmH2O以下になるように設定する.
FiO2の設定は低酸素血症を防ぐために1.0で開始する.調節換気時のPaO2は平均気道内圧に相関するため,PaO2が低下している場合は,PEEPを初期設定値(5?H2O)から3〜5cmH2Oきざみに上げて平均気道内圧を上昇させる.それでも十分なPaO2が得られない場合は吸気時間を延長させることを考える.PaO2>60mmHgを保つ限り,FiO2を状況に応じて0.4〜0.6まで低下させる.
換気様式の選択は,自発呼吸がある場合とない場合に分けて考える.自発呼吸がない場合は調節呼吸の設定とする.調節換気として,volume control ventilation(VCV)とpressure control ventilation(PCV)がある.PCVがVCVに比較して合併症予防の点から優れていることを示唆する研究があり,ICUなど人工呼吸管理に慣れた病棟では,ARDSに対する換気設定としてPCVが推奨される.自発呼吸がある場合は,SIMV,PSV,補助・調節呼吸などの部分的換気補助を選択する.圧トリガーでは吸気トリガーの感度を−1〜−2cmH2Oに,流量トリガーでは2〜3L/分に設定する.頻呼吸や強い吸気努力を伴い,患者-人工呼吸器の同調性が悪い場合は,適正量の鎮静薬,筋弛緩薬を投与し患者の呼吸努力を抑え,調節換気に変更する.
人工呼吸器からの離脱開始条件は,
(1) ARDSが改善していること
(2) 酸素化が十分であること
FiO2≦0.6でPaO2/FiO2≧200mmHg,SpO2≧90%
FiO2≦0.4,PEEP≦5cmH2OでPaO2≧60〜100mmHg
(3) TV≧5ml/kg,RR≦30〜35回/分,努力性呼吸がないこと
である.FiO2とPEEPの軽減方法は,PaO2 60〜100mmHgを目標にFiO2とPEEPを下げていく.FiO2が0.6以下になるまでは,まずFiO2を0.05〜0.1刻みに下げる.FiO2が0.6まで下がったらPEEPを2〜3cmH2O刻みに3〜5cmH2Oまで下げる.一般的にはFiO2を0.4未満に下げる必要はない.離脱時期に推奨される換気様式にSIMV,PSV,T-ピースがある.いずれの方法も呼吸回数の総数を30〜35回/分以下,分時換気量10L/分以下を目安に進める.
気道確保し気管挿管中の気道管理の方法として,気管内吸引や口腔内清拭,声門下吸引などがある.通常の気管内吸引で喀痰が除去しきれない場合は,気管支ファイバースコープを用いた喀痰の除去は無気肺の解除に有効である.
【その他の治療】
血液濾過・浄化方法
流血中に存在しALI/ARDSの増悪因子となる液性因子やサイトカインを除去する目的で,血液浄化療法が行われることがある.血液中エンドトキシンの除去を目的としたPMX-F(polymyxin B-immobilized fiber)を用いたエンドトキシン吸着と,体内の水分除去を主な目的とする持続的血液濾過透析(continuous hemodiafiltration; CHDF)が臨床応用されている.
ECMO
対外循環を用いた人工肺の使用(extracorporeal CO2 removal ; ECMO)は血液ガス所見の一時的な改善をきたす.
全身管理
いままで,生存群では非生存者に比し,補液量が負のin-out balanceを示し,体重減少も有意であったとの報告がある.よって酸塩基平衡および腎血流量の保持がなされ,全身臓器への最低限の酸素運搬能が保持可能な輸液量以上の過剰輸液は避けるべきである.
参考:ALI /ARDS診療のためのガイドライン
Feb 24, 2004
|