・・・ 泰作の奉納した算額(想像図)と清水寺の観音堂・・・


「清水寺の観音堂」
 2014年秋、清水寺へお詣りに行きました。
 紅葉のトンネルをくぐりながら、石段を延々と登って行くと、復元された立派な観音堂があります。
    
     (清水寺の紅葉)            (清水寺の観音堂)

 泰作が測量して完成させた地図「松代封内測量図」から、清水寺の部分を切り出したものが次の図面です。
 これは、本書の図3-12に掲載しました。なお、観音堂の写真は図3-11にあります。
    
    (泰作の測量による清水寺付近の地図)

 泰作が奉納した算額が掲げられていた時のことを想像しながら、歩きました。
 歴史の現実は、大正5年に保科の大火で焼失。
 そして、現在の美しい紅葉と、階段の登り下りは楽しめました。


「泰作の算額」
 泰作は天保13年(1842)に若穂保科の清水寺(せいすいじ)の観音堂に算額を奉納しました。
 21歳でした。
 この算額は、大正5年、保科の大火で焼失してしまいましたから、現存していません。
 残っていた資料から、算額を画面上で復元してみました。


    (泰作が保科清水寺に奉納した算額の想像図)

 算額の寸法は、縦 105 cm、 横270 cmくらいと考えています。
 彩色されている資料が4枚残っていたため、この部分のみ、濃い色とカラーにしてあります。
 他の部分は、泰作が残した「算額下書」をパソコン上で広げてつなぎました。
 いずれ、算額を復元するときには、全体の大きさも色も見当がつきそうです。

 横長の算額ですから、本書では図3-15において、左右を(a)と(b)の2つに分けて表示しました。

 算額の内容は、本書の巻末資料1に示しました
 本書で数学的な記述をしたのはこの部分だけです。