◇ 材との出会い


東北震災から1年後、東北の旅をしてきました。
陸前高田の1本松、実は倒れていないのがすぐそばにもう1本あるんですがご存じでしょうか。。
で、7万本あった松林の倒木69998本はどこへ行ったのか!?

という事でナビの無い僕の車は、前日にちらっとだけ見た地図に載っていた
一軒の木材製材所さんへ、何の連絡も無しに記憶だけで向かいます。

「すいませーん、松を見せて下さーい。」
とにかく実際に見てみたかったのです。
ご主人たちはお仕事中でしたが、お話を伺う事が出来ました。
「この1年の間にほんとに色んな人が訪れて来たよ。だけどね、
高田の松を形あるものに残してくれる人にしか絶対譲らないんだ」

当時、各地の泥棒さん達が持ち去った後、
残りをようやく地元の木材業者が集めて加工しているとの事。

僕は買い付け目的ではなかったにしろ、枝のような細いものでもあったら譲って頂けるかなぁ、
なんて思っていたのですが、持っていったトンコリを弾いて見せましたところ、
「車に積んで持ってくか?」と言ってくれまして。
「ものづくりをしてるかどうか、ホンモノは会えば解るんだよ」
と言ってフォークリフトで出してくれたのは2m×40cm角のとても立派な赤松。
「この木が1年間あなたを待っていたんだよ」
好きに取っていいとおっしゃっいますが、必要最低限を挽いて頂きました。

製材中、パカッと2つに割って中の肌が見えた瞬間、立派!と叫んで、
ご主人と顔を見合わせて頷いた笑顔が忘れられません。
ご先祖が植えてから三百年後の震災の話、この年輪にズッシリ重たく染み込んでいます。


◇ 注文製材

40cm角という事は、対角線は40×1.414=56cm。
製材で落とした樹皮付近を考えると直径70cmくらいの松ですね。
そのような立派な松が何万本も生い茂っていたのです。
それがこのような姿になってしまいました。


津波松

それを好きなだけ好きな形に切ってあげるよと言われて正直ビビリました。
いつも木材加工はその樹齢が僕にのしかかってくる真剣勝負なのですが、
今回ほど重たかった事は無いです。
切ってから間違えちゃったじゃ許されません。
何度も確認して、青チョークで切る場所を書きました。


青チョーク


◇ 胴体材は

まず、幅12cmの厚い板にして、そこから細かく割いていきます。
この12cmがトンコリの最大幅になります。
胴体は5cmずつ、上2段下2段で、2m×4本を取ります。
丸太を角材にした両端から取るので追い柾となり、一番端は白太が入ります。
欠点ではなくて、仕上がりがかっこよさそうです。


◇ 響板材は

そして、上下に挟まれた間の部分は「3分」(さんぶ)と書いてあるのですが、
分は1寸の10分の1の単位で3mm。なので9mmという意味です。
9mmで残りの部分を薄挽きして下さいと依頼しました。
つまり、響板用の柾目板が取れる訳です。
このように、製材に立ち会って注文する事で、
一般には売られていない材を頂く事が出来るのです。


大きな角材


◇ いよいよ

切断です。
帯鋸(おびのこ)とかバンドソーとか呼ばれる機械で、
ノコギリの刃が帯状の輪になっていて、それを大きな機械にピンと張り、
大きな音を立てて回り始めます。


帯鋸の刃

切断するこの角材は、トロッコ台車に乗せられて、
そのノコギリに向かってレールの上をゆっくり進んで行きます。


帯鋸


◇ 中の具合は

切りたてなのでとてもキレイです。
木目もほぼ真っ直ぐに通っています。
節があります。ヤニもあります。
このあたりをうまく逃げて取れるかどうかは、製材した後の僕の仕事です。


まず縦割り


◇ 製材完了

予定通りの寸法でトンコリ材を製材して頂く事が出来ました。
40cmの幅だったのですが、ノコギリが何度も通ったので、35cmくらいに減っています。
節は響板素材に多く入っていましたが、
響板の長さは本体よりかなり短くて済みますから、
節を避けても余裕があります。
それに、今回は滅多に無い機会という事で、
柾目薄板を多く取りました。


製材完了


こうやって出会った材は、思い出がいつまでもずっと染み込んでいて、
いつも弾く時に思い出すんですよ。


よじ登る。。

とりあえず戻ってみる。