◇ 鯨の腱で絃を作る



鹿での修行を生かして、いよいよ鯨に取りかかります。




◇ 材料入手

アイヌ音楽研究団の団長に大変な苦労をして頂き、
当然ながら法的に何ら問題の無い正規ルートにて入手しております。
マイナス30℃でカチカチに冷凍された状態で入荷し、
それからじっくり時間を掛けて解凍し、びろ〜んと伸ばしてみたら2m超!
直径は親指と人差し指でマルを作ったくらい。
これを作業し易い程度に細く裂き、乾燥させます。
生は乳白色、乾けば飴色でまあまあ透き通っています。


◇ 素材

乾燥させた鯨の腱です。

鯨絃

干した時に油分は取り除いてあるのでキレイなもんです。
白い脂身がある場合はここで取り除いておきます。
水で戻して全体が白くなってしまうと見分けがつかなくなってしまうからです。

鯨の腱は長いですから、継ぎ無し1本モノの絃を作る事ができます。
縒り捻りで短くなりますので、素材の長さは目的より1割ほど長いものが必要ですが、
太さを整える時に切れてしまう場合もありますから、長ければ長いほど良いのでここでは切らない方がいいです。
その目的の長さも、端を糸掛に結びつけたり、糸巻きに巻いたり、駒で持ち上げたりしますので、
トンコリの見た目の長さよりもかなり長く必要になります。


◇ カイカ

糸撚、いとよりの事をアイヌ語でカイカと言います。
完成品は一般的な紐やロープ作りと同じような状態になるのですが、
細い糸を2本、指先でコネコネして絡めていくのです。
細い単体を右回転に捻り、その2本を左回転に絡めていきますと、単体が戻ろうとする力で2本の絡みが解れないという
素晴らしい仕組みになっています。

で、アイヌが伝統的に行っているカイカは、乾燥させた植物の繊維などを使います。
これらの繊維は細かくフサフサしている状態です。
ですので、鯨の腱も同じような状態にする為、
乾燥した腱を叩いて解して柔らかい繊維状にして、カイカしました。
白くてキレイで強度も十分。さっそくトンコリに張って音を出してみました。
とても心地良い音がします。
これで十分なのですが。。

市販の他素材の絃と比べれば、音量余韻共に不足しています。
その昔のアイヌの生活のように、静かな地域であれば良いかもしれませんが、
騒音だらけの都心部ではちょっと聴き取り辛い感じです。
2本縒りでも3本縒りでも同じでした。

ならばギターのガット弦のような、実の詰まった透明感のある絃を作ってみよう!


◇ 素材準備

というわけで、乾燥腱を水で完全に戻します。アルデンテ(芯を残したパスタの茹で方)じゃダメです。
最初はお湯の方が早いですが、肉や卵が白くならない程度、お風呂と同じくらいにしときます。
5mmくらいの太さなら丸1日でほぼ戻ります。

鯨絃

この状態で油が気になる場合は、中性洗剤で洗っても大丈夫です。
但し、全部まとめてぶにゅぶにゅ洗っちゃいますと、絡まって大変面倒臭い事になります。
洗って油分が無くなってしまうと、引っ張っても全然滑らずに解れにくくなるからです。
1本ずつ洗いましょう。

洗い終わったら、ボールに入れて完全に水に浸しておきます。
ちょっとでも出ていると、そこだけ乾燥して硬くなってしまいます。

ちなみによく聞かれる事ですが、肉も油も無くなればただの繊維質ですので、
ほとんど匂いません。 (と僕は思います。)


◇ 今度は生材でカイカ

上記のように最初に作った絃は、どんなにしっかり捻ってもフサフサしていて密度が低いというか、
絃自体の重量が軽いと音量が小さいのだそうで、
今度は叩いたり解したりしていない細い生腱を用意しまして、
そのままカイカして干してみましたら、写真のようになりました。

鯨絃

上:今なら作れる成功作  下:ガバガバ(大失敗作)   あはは。

なんでこうなっちゃうのかといいますと、未乾燥の状態でカイカしてから乾燥させると、当然縮むのですが、縮み方が面白いんです。
単純に1本ねじったものを乾かすとねじれが解けていくように思いますが、
きつくねじってあると、実はさらにきつく絞る方向に回りながら乾燥するんですねぇ。
。。。なので、未乾燥2本縒りをして放置すると、1本ずつ単体がさらに絞られて、2本の絡みは緩む方向に回転してしまうんですねぇ。
お勉強になりましたね。1m失敗しました。
そのままガシャガシャ無理矢理トンコリに張ってはみたものの、プン。という音(笑)

懲りずにさらに悩んでいたところ。。。


先日、八重洲に展示してあるアイヌ民芸品の中で、1本で捻っただけの紐を見つけました。
植物系の繊維を湿らせて捻ってから乾燥させるとクセがついて解けなくなるので、そのような簡単な紐も使われていたのかもしれませんね。
それなら、こういう方法でもアリかな?と思って、手芸で使う代表的なカイカとは違った手法で作ってみます。


◇ 生材で今度こそカイカ

それなら、単体で捻るのをやめればいいのです。

生材の場合、単体では捻らずにそのまま絡めていきます。
目的の長さ以上でなるべく均一な太さの2本が必要です。

鯨絃


という訳で、4mm前後の太さに整えました。

鯨絃

大きな素材から裂いた状態ではもちろん太さは変わるし枝分かれもしているし、不均一です。
太いものはまず半分に裂く。という感じではなくて、何本分もありそうなくらい太いものからは、目的の太さだけを1本取り出すという感じです。
途中で細くなってきたら塊側から余計につまんでご一緒させ、太くなったらつまみ出す。
細いけどまだちょっと太いとか、部分的に太い場合は、その部分を「削除」します。
爪でつまんですぐちぎれるくらいの量ずつ引っ張り出して取り除きます。
量の調整は上記同様に、強制的に調整します。
爪でちぎれるくらいの繊維は無理にちぎって大丈夫ですが、ハサミでちょきんと調整した場所はどうしても目立ちます。
なので、引っ張ったらだんだん太くなってきっちゃった〜はダメです。早めに、削除側をつまんで強制的に細くなってもらいます。
もったいないけど、削除です。
削除の出来ない、ちょうど2倍の太さのものを半分にするのはかなり神経を使いますし、枝分かれは、さて、どちらを採用すべきか、迷いますね。


◇ ひねりと乾燥

で、その2本を単純に絡めていきまして、乾くまでそのまま放置。ではやっぱりうまく行かなそうですよね。
乾燥時には引っ張っておいた方がよろしいですし、さらに全体を捻る為、1.5m角材の両側にネジを打っておきます。
そしてまず片方、絡めて作った絃を結びます。長い時間引っ張るとニュルニュルと抜けてくる場合があるので要注意です。

鯨絃

もう片方は、紐を使いました。バネとかゴムとか、色々アイデアは出てきますが、うまくいきません。
絃の端に紐を結び、その紐をグルグル回して絃をねじって、
トンコリ演奏時よりちょっと弱いくらいに引っ張って、ネジに巻き付けて固定するのですが、
10分もしないうちに増し締めする事になるので、紐の先は輪を作って引っ掛けるようにしておきます。
この紐の部分、乾燥時の縮み回転を吸収してくれる効果があるので、少し長い方がよさそうです。

鯨絃

巻き具合引き具合は勘であり好みですが、巻き過ぎるとコブが出来てきますし、その手前でもうねりが出てきます。
うねる寸前か、多少うねっているくらいが良さそうです。また、あまり引っ張り過ぎても弾力性が無くなって良くないかもしれません。
このあたりは、自分の好みの音になるまで試すしかなさそうです。

数分乾燥させるとたるんできます。どんどん引っ張ってもいいし、捻ってもいいのですが、
その絃の具合を見て、捻れれば捻り優先。

鯨絃

この後、じっくり見ていれば、捻りが強くなる方向に回っていくのが確認出来ます。
隣に2本目を作って、ちょっとした毛羽立ちが触れていると、お互いにその回転で絡み合ってしまいます。
そのくらい回ります。風をあてると早送りで回ります。
勝手にぞうきん絞り効果で水滴が出てきますので、暇があれば拭き取ると乾燥が早いですね。


雨期でも無ければ30分、表面が透明になってきて、アルデンテになります。美味しそうです。
僕はクリーム系が好きですが、たまにトマト系もいいですね。
ん!アルデンテと逆だ(笑)。
全部透明になってもまだ水分がたっぷり入っていますので、さらに乾燥させます。
ここでいじって折り曲げたりしますと、繊維が解れてしまい、透き通らずに白くなってしまいますので、
このままでもいいのですが、そっと取り外してどこかへ吊し、自由に回ってもらいましょう。
ここでもやはりお隣さんがいると仲良く絡まるようです。

鯨絃



◇ 乾燥完了

とりあえず1週間もすれば大丈夫でしょう。
乾燥時間は最初に干した時と同じような感じでしょうし、勝手にぞうきん絞り効果で早まっているようです。

乾燥しますと繊維のボソボソが細かく毛羽立ってきますので、爪切りで削除します。
尖って硬い部分はケガしそうで危ないのでこれも削除して潰しておきます。


!完成!

あとは使う時にトンコリの長さに合わせて両端を切って使うのですが、
端を糸掛に結びつけたり、糸巻きに巻いたり、駒で持ち上げたりしますので、意外と長く必要になります。
また、張った時に駒と駒の間にくるところが一番均一な場所になるように切ります。

ちなみにこのタイプの絃は、折り曲げるとそこだけ白くなって解れてしまいます。
ポキッと折れる事は無いと思いますが、ちょっと目立ってしまいます。
普通の弦と同様に、予備弦は丸めて輪にしておきたいですが、かなり大きな円になってしまいますので、
とりあえず楽器のケースに真っ直ぐそのまま入れておく事にしました。

鯨絃


ここで紹介した作り方で、楽器の弦としてまずまずの音が出ています。
つまり音程がある程度定まっていて、聴き手にもしっかり伝わる、
弦として実用的なところまでやっと到達したなぁ、と思っています。
しかしこれで満足という訳ではなく、試行錯誤はまだまだ続いています。




◇ 第二弾をやりました。

前回の、生の状態でカイカしたものを乾燥させたら大失敗(笑)という経験を生かし、
今回は、それをさらに捻って引っ張ったまま乾燥させてみる、という事に挑戦した結果、

こうなりました。


鯨絃

まだちょっとゴミ付いてますが、
太さ違いで数本作りまして、
高音から低音まで並べて、と思ったのですが、
実際にはどれも結構太く、
このカイカ絃は一番低い音用に使い、
こんな感じで音を楽しんでます。


鯨絃

上から、
・マッコウクジラ(1本捻り、硬いです)
・ナガスクジラ(2本捻り、太めで緩め)
・マッコウクジラ(1本捻り、硬いです)
・ミンククジラ白色(1本捻り、目一杯きつめ)
・ミンククジラ黄色(生カイカ後乾燥)

何故かミンククジラは色違いが混ざっていて、
乾燥させないと見分けが付かない状態でした。
でもどちらもとってもキレイ。


◇ さらに。

ナガスクジラ2本、ミンククジラ3本で張ってみました。
いちおう、太いの細いのを作ってみたのですが、解ります?


鯨絃


長手方向にも結構均一に作れたと思います。


鯨絃



◇ 音は

いー感じですよ。
って、音色は好みですが、
それ以前に、楽器として使える音に仕上がっているという事が
一番ウレシイですね。

この写真にあるものは「他のトンコリ絃に比べると」結構太いと思いますが、
僕が使っているガット絃(ギター用の本物の羊腸)とほぼ一緒でした。
胴に広まってにじみ出てくる野太い低音が、
特に一番低い音はバスドラムのような、
太鼓を叩いてリズムを作っているような、
そういう低音として使える音を装備したトンコリになっています。

さわり心地もいいし、
なんだか演奏がとっても楽しくなります。


よじ登る。。

とりあえず戻ってみる。