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鎌田 元政昭和9年、ニシンの本場『増毛町』で長男として出生。 3才半ばまで増毛に居住していたが、浜でたき火をしてウニやアワビを食べさせてもらったり、又、海がニシンの白子で白くなっていた様子が記憶に残っている。昭和47年『従兄弟会』なる集いの案内に増毛町を訪れたことがあるが、昔を偲ばせる町並みの記憶は全くない。以後、帯広市の八千代、清川を経て増毛から転居して旅館業を営む祖父母の住む室蘭市輪西町に転居。父は富士製鉄(現新日鉄)に転職。 鶴ヶ崎小学校(現鶴ヶ崎中学校)入学。伊達市立関内中学校入学。新制中学第1回卒業生である。昭和28年、道立伊達高校卒。昭和32年函館学芸大学(現函館教育大学)1類卒業。、根室管内僻地小学校。同36年、苫小牧市内小学校転勤。同市小学校退職し、現在に至る。後期高齢者族。 |
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| 町内会活動 「家族ぐるみでお世話になった町内会へのささやかなお返しに・・・・」と仲間入りさせて頂いて16年になる。「退職したら手伝おう」と思って
いたけれど、体調が思わしくなく数ヶ月経ってからの自主的申し出。総務部副部長。主に町内会広報誌『あすなろ』を中心とした印刷担当。平成19年春、印刷機更新。届けられる原稿も良ければ印刷機の調子も絶好調。 今年度は役員改選期.。総務部長をはじめ10名の役員が改選された。体制に大きな変化は なし。平成10年〜15年まで『しらかば総合福祉会館』運営委員会会計担当「持ち逃げするには扱う金額は少ないけれど・・・・」と冗談を言われながら、管理人さんの給料を中心に会館に係わる経理一切の業務。大過なく、とても楽しく遂行できたのも町内会役員さん、会員さんのご協力があったからこそ。貴重な経験をさせて頂いた。 苫小牧市町内会連合会の平成18年度新年交礼会並びに表彰式。町内活動功労者[10年以上]対象で表彰を頂いた。いつの間にか今年度で16年目。今年は喜寿と金婚式を迎える。 |
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| ★しらかば西パークゴルフクラブ 毎年実施しているパークゴルフツアー。 今までは『パークゴルフ発祥の地・幕別〜2泊3日』で行ってきたが、年々高齢化が進み「日程がきつい」関係で参加者数が減り、今年度は『1泊2日〜ニセコツアー』二日間パークゴルフ日和に恵まれ、トラブルもなくすばらしいツアーになりました。、 ![]() ![]() ☆年間予定・4月20日(水)〜はまなす ・5月 1 1日(水)〜糸井54 ・6月 8 日(水)〜糸井の森 ・7月 6 日(水)〜アルテン ・7月27日(水) 〜28日(木)〜ツアー ・8月10日(水) 〜遠浅木のサイロ ・9月14日(水)〜有珠の沢 ・10月20日(水) 〜千歳リバーサイド ・11月9日(水)〜宮ノ森 |
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しらかば総合福祉会館に出入りすることが多くなったが、そんなある日、会館に隣接している糸井公園一角にあるテニスコートでの若い人たちの姿が目に入った。その近くにゲートボール場の名残が・・・・そして会館では、お年寄りのいくつかのサークル活動が・・・「よし、これだ ! !」糸井公園とパークゴルフが結びついたのはこの時である。 例年、市長を囲んでの地域住民との市政懇談会。「高齢者の健康保持の為に糸井公園をパークゴルフ場として解放して下さい。」に「公園は一般市民の方々の公園。公園は公園らしく・・・」の回答。「個人の力量なんてたかがしれたもの」・・・で来年度の市政懇談会は町内会の要望として取り上げてもらうよう働きかけを始めた。2日間であったが糸井公園の利用状況調べ。幕別運動公園ツツジコースを中心にパークゴルフ発祥の地を訪問。 平成8年度の市政懇談会では、パークゴルフ場設置要望事項が町内会の要望として取り上げられることになったが「お年寄りだけに限定した公園利用はできない。(中略)1箇所で許可すると市内の公園全てが対象になる(後略)」の回答。平成9年度〜10年度もおおよそ同じような回答で終わってしまった。 平成11年度の市政懇談会では、パークゴルフ場設置への建設的な意見が多数述べられ、今までにない熱気に溢れた懇談会になった。市側から「財政難のため市では整備できないが、町内会が整備、管理を行うのであれば・・・」 構想から5年。ついに『パークゴルフ場としての公園使用許可』の回答が得られたのである。明けて1月28日、しらかば地区町内会による『パークゴルフ場設置準備委員会』が開催され、次のような内容が話し合われた。 1,必要経費 ・各町内会全戸対象。1戸あたり100円。計199,900円。各町内会ともに『糸井公園パークゴルフ営委員会』が町内会活動の一環として位 置づけること。 2,準備作業の割り振り・ティグランド・カップ・ピン・コース表示板・OB杭・防護ネット等々・・・ 5月1日オープンに向けての作業は活気に満ちあふれた中で行われた。コースはハーフ9ホール。約340m。どの町内会も見事なチームワークである。いよいよ『糸井公園パークゴルフ場』オープン。各町内会長による始球式。赤と青の鮮やかな煙の尾を引いて白球が飛んだ。参会者の皆さんの大歓声。苫小牧市が管理する公園に誕生した『パークゴルフ場第1号』である。感動の一瞬であった。 @歩くスピードがマイペースで運動性があり、足腰に大変良いこと A下半身だけでなく上半身の運動も伴うこと B1打でも少ない打数でプレーするという競技性があり飽きないこと C用具代、プレー代が安いこと D一緒にプレーする人を中心に交流が図れること Eいつでも、どこでも、だれとでも気軽に楽しめること等々、パークゴルフの魅力が上げられるけど「健康保持、増進に高齢者に最適なスポーツの一つとして高く評価され、確実にその輪が広がってきている。 市の管理地によるパークゴルフ場は平成19年10月現在15箇所。パークゴルフ愛好者は推測1万7000人とも言われている。 【月刊誌 『IBURI』 2005年2月号〜3月号掲載 抜粋】 |
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![]() 糸井公園パークゴルフ場オープン・3町内会会長による始球式(5月1日) |
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永久幹事伊達市での関内生活は昭和21年〜28年まで。農村地帯とはいいながら食糧難で、1戸宛貸し与えられた1反歩の畑での野菜つくりと動物性タンパク質補給にニワトリ、ウサギ 飼育。農繁期には農家に出向いての田畑作業等で懸命に生きた思いで深い8年間であった。平成13年、伊達地区に居住する関内中学校卒業生で進められていたクラス会に誘われ、以後、毎年『関内中学校第1回卒業生クラス会』が開催されているが、いつの間にか【永久幹事】 3月の第3水曜日、登別温泉での年1回のクラス会である。当時の在籍数は42名であるがH14年度21名 H15年度17名 H16年度13名 H17年度15名 H18年度16名 と参加者は少しずつ少なくなってきているが、内容を検討しながらもう少し続けるとしよう。今年の夏、クラス会参加者数人からパークゴルフの誘いを受けて1泊2日予定で伊達方面へ出かけた。稀府、伊達、洞爺湖、関内の各コース訪問。「こんな時期、コートいらずのクラス会もいいんじゃない?」の意見も出て・・・早速、来年のクラス会で皆さんの意見を聞くことにしよう。 伊達訪問は8月と10月の2回。パークゴルフ仲間が増えてくれることを願っての訪問も兼ねて・・・・ |
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苫小牧パークゴルフ協会![]() (NPO)国際パークゴルフ協会正会員・登録番号第479号 平成17年度。『胆振地区パークゴルフ協会連合会設立10周年記念式典&祝賀会』が開催され、席上、苫小牧パークゴルフ協会会長として連合会より表彰を受けた。コース会員、協会会員、パークゴルフ愛好者の皆さんの財産である。 苫小牧パークゴルフ協会会長を仰せつかって4期8年。一昨年8月、苫小牧市において『第4回胆振地区パークゴルフ協会連合会親睦交流会大会』 が開催された。主管は苫小牧パークゴルフ協会。胆振各地より総勢245名の参加を頂き、大会運営に高い評価を頂いた。 指導者(指導員・アドバイザー)の任務、要件内容と国際PGA、胆振連合会、苫小牧パークゴルフ協会との関わり。主催行事『北海道新聞社苫小牧支社杯パークゴルフツアー選手権大会』も月大会を無くし、運営について大きく変更を加えた。共催事業の一つである『苫小牧民報杯争奪町内会対抗パークゴルフ選手権大会』今年の第7回大会は36町内会、63チーム、252名の参加である。好天にも恵まれて極めて成功裏に終えることが出来た。 昨年度は苫小牧市において『第14回JALカップ全日本パークゴルフ選手権大会』が開催された。曲がりなりにも事務局長を勤め上げた。 パークゴルフの魅力はいろいろあるけれど小生には『パークゴルフは人との出会いと想い出づくり』である。生涯忘れられない大勢のすばらしい人たちとの出会いと沢山の想い出をありがとう。 |
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| 仲間が増えた @『しらかば西パークゴルフクラブ』 糸井公園パークゴルフ場がオープンした平成12年5月。しらかば地区町内会を対象にしたパークゴルフクラブを結成しようとして糸井公園パークゴルフ場運営委員会に提案したが、町内会それぞれに事情があって、町内会独自でクラブを編成をすることになった。 早速『しらかば西パークゴルフクラブ』結成に動き、同年7月、総勢64名規模のクラブが誕生した。 『糸井公園パークゴルフ場運営委員会』『しらかば西パークゴルフクラブ』のアドバイザーとしてお手伝いさせて頂いている。 A『苫小牧パークゴルフクラブ〜現苫小牧宮ノ森パークゴルフクラブ』会長職平成11年〜同17年まで7年間。パークゴルフを趣味として始めた頃は、苫小牧市内にパークゴルフは、ここ一箇所しかなかった。町内会の仲間にも勧められてクラブ会員に・・・・ここのクラブは(NPO)国際パークゴルフ協会コース会員登録番号6。入会年昭和62年の老舗である。月例会を中心とした大会運営等々多くを学ばせて頂いた。現在、苫小牧パークゴルフ協会の役職にあるのも苫PGCの影響、大である。 B『軽スポーツ大会』[パークゴルフ] (公立学校教職員互助会特別会員東胆振支部) 平成11年。『北海道公立学校教職員互助会』での全道軽スポーツ大会が中止になったことにより、胆振支部においてパークゴルフ大会が計画され、当時、所属していた白鳥パークゴルフクラブ主管で『第1回軽スポーツ大会[パークゴルフ]』が厚真町町民広場パークゴルフ場で開催された。 以後、自主活動部の『青空パークゴルフ同好会』でもお手伝いさせて頂いてきたが、いつの間にか互助会の役員に・・・・ 今年度の大会名は 北海道公立学校教職員互助会特別会員東胆振支部設立30周年記念 第13回軽スポーツ大会[パークゴルフ] 自分でも「馬鹿じゃなかろかネ」と思うときもあるけれど不思議とストレスがたまらない。 |
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| C第8回しらかば三町内会パークゴルフ交流会 6月6日(月)糸井公園パークゴルフ 場運営委員会主催で、しらかば東、中央、西町内会交流パークゴルフ大会が開催されました。 今年の当番町内会はしらかば東町内会(会長・守屋 久義氏)で第8回目を迎えた。開会式で守屋運営委員長より「年1度のパークゴルフ大会です。親睦交流大会にふさわしく、楽しく和やかな雰囲気でお楽しみ下さい。」とご挨拶がありました。 昨年秋に補修された9ホールのグリーンにカップが切られ、すばらしく整備されたコースでの大会になりました。しかも、当日は気温が16度と絶好のパークゴルフ日和に恵まれ、1町内16名。48名の愛好者が集い、終始和やかな雰囲気での交流会になりました。 昼過ぎに表彰式が行われ、優勝者(高本 忠義さん・中央)以下10位までの入賞者に賞品が、叉、ラッキー賞なども授与されました。参加賞として、今年も全員にラーメン無料招待券が用意されました。 しらかば3町内会員の親睦交流にふさわしく、和気あいあいに終始し極めて成功裏に終えることができました。小生、糸井公園パークゴルフ場誕生からの手伝いである。 【上位入賞者・同スコアは規定による】 優 勝 ・高本 忠義( 98)《中央》 準優勝 ・横田 寿三( 99)《西》 6 位 ・真鍋 和良(101)《西》 3 位 ・熊谷 三郎(100)《西》 7 位 ・今多 武 (103)《東》 4 位 ・篭谷 潔 (100)《中央》 8 位 ・工藤 孝明(103)《東》 5 位 ・入江 武志(101)《西》 9 位 ・飯尾 良光(104)《東》 10 位 ・鎌田 元政(105)《西》 |
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ドライブも楽し!!「『人70才は古代希なり』とは、戦乱に倒れ、天災に遭い、 病魔に 冒される者が多かった時代に、70才以上生きられればめでたし、めでたしの気持ちになり、希な幸運に感謝し・・・・」で『古希』を迎えた5年前から、子供達が小さかった頃、家族ドライブで訪れた道内、を中心にゆっくり時間をかけて回顧しながら回っている。昨年は管内の国立公園を中心に・・・伊達の仲間とパークゴルフを楽しんだ後、洞爺泊まり。久し振りのホテル宿泊である。20時45分からの湖上花火がすばらしかった。翌日、喜茂別町営パークゴルフ場により休憩。中山峠の紅葉を見ながら一路『豊平峡』へ。昨年に続いてのドライブであるが、何度来ても飽きない風景である。 道北ドライブで旭川市内探訪。「氷点」作家、三浦綾子記念文学館と周辺散策。秋を存分に楽しんできました。 |
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